2018年9月19日水曜日

思い出すこと、時間差で、波。

(このブログは夜深い時間におしゃれな音楽を聴いて書いているので
いつもと違います、わりと深夜の手紙とニュアンス近い)

 今年って芸能人の訃報のニュースが多いような気がして、生で見たこともある人が
亡くなったり、ずっといそうな人が亡くなったりするケースが多いような気がします。

人の価値って実は違って、残酷というかなんなんですかね、自分にとって重要な人、
そうでない人っていると思うんです。

ある有名人の方が亡くなった時、自分はその有名人の人に特に思い入れがあったわけでは
ないのですが、ある知り合いがいまして、その人が亡くなった有名人の大ファン
だったなぁとふと思い出したんですよ。
でもその知り合いとは連絡が取れないわけで(男女はそういうこと時折ありますよね)
連絡が取れないから、思いは強くなるわけです。でも思い出って波みたいに
まったく思い出さない凪の日もあれば、強く思い出すときってあって、たまに来る
強い波の日に男性は弱いですね。

 青春時代の思い出は強く心に刻まれやすい、って現象があるらしく、確かにそんな
感じがするんですよ。青春時代がいつまでって区切りなのかはわかりませんが、
十代の半ばから二十代最初くらい・・・うーん22才は青春とは別な呼称が
ありそうですね。
 
 思い出が高くなる(価値)こともあると思ってて、だいたい時間がたつと
甘酸っぱくなってるわけです。この前ドトール最高って書いたじゃないですか?
確かにドトールで二十歳くらいの時デートしたな、とか夜遊びする前ドトールで
コーヒー飲んでたな、とか。
地域限定ネタになるんですが、新潟って昔あったものが無くなるってこと多くて、
建物とか店とかって永久にあるわけじゃないから、絶対なくなるんですよ。
建物だと・・・2、30年とかじゃないですか?建物としての寿命を全うするよりも
なんらかの事情で建物(店)が無くなることが多くて、無くなった後に大体
駐車場になって、ビルだった場所に青空が出てるわけですよ、前はビル、ビル、ビルっ
て並びだったけど今はビル、空き地、駐車場、みたいになってる。

 人もそうで、これ凄いメカニズムですが・・・人生はドラマっていうじゃないですか?
もう、出演人物がドラマ!ああ、伝わりにくいけど連ドラで言いますと
ドラマって時系列があるじゃないですか?子供時代青年時代壮年時代みたいな、
子供時代だけの登場人物ってのが現実にもいるわけです、いや、もっと細分化
してますよね。自分が主人公だとすると周りに表れる人っていて、結構流動的
なんですよ、ドラマより複雑な流動的さがあるわけで、好もうが好まいが
人間関係は流動的になっていくんですよね。

その流動的なものって絶対止められなくて、しょうがないことなんですが
たまに切なくなるわけ。
夕方帰るときに金木製のにおいがして、近所でカレーのにおいがして、これって
小学生のころと全く同じだよな、と思うことはあっても当時には戻れないし、
当時の登場人物には簡単に会えない。

 さすがに眠いのでまとめに入ろうと思うんですが、自分結構
「切なさフェチ」なとこあるんですよ、なかなか心の柔らかい部分があるんですが、
どうやら心の柔らかい部分多めだと苦しい、だからその部分を口にしないことで
生きやすくしてるところがあるんですよね。
ブログだから自分の意見はっきり言えるから書きますと、繊細で感受性が強いと
相当生きにくいはずなんですよ、で、そういう人ってそういう人とつるむわけ、
間違っても体育館で「てめえこの野郎、ふざけやがって帰れ!」とかいう
価値観の人といることはないわけで、ここの捉え方ですよね。
(でも自分はマッチョ価値観の人といるほうが多い、そこまで繊細でもないのかも
しれません!胃腸だけは繊細なんだ・・・)

感傷的(こういうときエモいって表現が楽)になるときはあるのですが、それを
どう処理するかですねー、ということで今日はちょっと感傷的なところを
出してみました。
 釣りが好きってのもあるけど、海が好きでたまに見たくなる時があるんです、
海も穏やかな時もあるし荒れてるときあるじゃないですか、釣りをする人はわかると
思うんですが、外がめちゃくちゃ荒れてる日よりその次の日のほうが海が荒れてる
ことってあって、思い出の時間差攻撃はそんな感じだと思いますね。
終盤ブログがグダグダになるのは相変わらずですが、エモさ60%増しブログ
いかがでしたでしょうか?自分は結構好きですね
(こうやって自分に甘いところがピュアな真面目な人ではない)

次回はひたすらふざけようと思います(ブログがカオス)
良い夜を! naoto:-)

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