そもそも八百長の由来は犯罪行為ではなかったですし・・・!
先日新たなスポーツをやってきたんですよ、楽しくて継続してやっていこうと
思ったんですが、その中で発見があったんですよ。
自分がやったスポーツって
・老若男女、障がいのある方も無い方もみんなで楽しもう!
って感じのスポーツで、大元のスポーツを負荷を軽く、ケガをしないように、
みんなで楽しめるようにルールを変えたスポーツなわけで、結構参加者の
レベルの差があって、普通に出したパスが取れなかったりすることがあったんですね。
それで自分はパスを出した側で
「全然オッケー、しょうがないですね」みたいなこと言ってたんですが、
多分ですね
・ある程度慣れている人の普通と初心者の普通は大きく違う
というのがあって、パスが取れないのがミスじゃなくてその人に合ったパスを
出してない自分のミスだったのかなとうちに帰ってから思いました。
スポーツでもなんでもそうなんですが、人によってやる目的って違って
それほどガチさは求めてなかったり、上達を求めてない人も結構いるわけで
そのスポーツの正解=その場での正解、でも無い気がしました。
プロスポーツって今大体拡大路線じゃないですか?これ自分に合ってるかどうかと
考えると本音ではそうではなくて
チケットも高くなってるしサブスクも高くなってる、でも入ってくるお金は・・
みたいな話で好きなプロスポーツが発展するのは正しいのでしょうが、個人としては
ちょっとしんどい(言ったり言えなかったり)ので
正しいけど(自分にとっては)正しくないってことある!
で、話ちょっと戻すんですがチームスポーツで経験者と未経験者みたいな
レベルが違う人が一緒のチームになることがあって、未経験者の人がミスって
経験者が取り返すみたいな構図もあると思うんですが・・・
味方(未経験者)がミスしたら経験者もミスった方が平和なのでは?
とも思いましたね、ミスした後に成功があるとミスしたことが映えません?
(自分の中で)エンジョイ系趣味だったら不慣れな人がミスったら慣れてる人も
ミスった方が慣れててもミスることがあるから伸び伸びやりましょうって
言えるという考えもあるじゃないですか?
できることをできないようにやるっていうのも八百長の一種なんですが、
できるからできないこともできるわけで、誰も不幸にしない八百長って
優しいウソと似てますね笑
実力が無ければ八百長は出来ない!という言葉が好きで心に染みてるんですが
なんでも勝つことが良いわけでもないし上手ければいいというわけでもないのですが
コンプライアンスに抵触しない八百長のためには実力がいるわけで
練習しようという謎理論でモチベーションアップです(なにこの結論)
では良い夜を!