夜ブログ、夜テンション!
こんばんは\(^o^)/ 今日は
”思い出はメモリではないかと思うブログ、
アンフォゲッタブルメモリーーーーーズ!(激情ブログ)” という
テーマで書いていきますね。
今日の言いたいこと
・スマホとかでメモリ(容量)不足になるのと一緒でメモリー(思い出)も
消したら新しいものを入れることができるようになるのでは?
大人あるあるだと思うんですが、昔よく行ってた場所とかがなくなっちゃう
ことってあるじゃないですか?思い出の場所が無くなる・・・切ないですよね
メモリーーーーーーーーーーーーーーーーーーズ(激情)
でもそれってしょうがないことだし、それがあるから新しい思い出を
入れることにつながるのかな?とちょっと思ったんですよ。
思い出って妙なシステムで時間が経つと価値が高くなることって
ありません?昔は普通にしてたことでも年月が経つといい思い出になる、
もちろんいい思い出に昇華できない物もあると思うんですが、思い出って
良い風に美化して脳のメモリー(容量)埋めていくんですよね。
「なければないでなんとかなる法則」って自分は名前を付けてるんですが、
なければないでなんとかなることって結構多くて、コロナでそれが
はっきりした感じありません?
子どもがいる人は良くわかると思うと思うんですが「地域、学校行事」これ、
なければないで問題ないような気がするんですよ、おそらく子どもたちは
なければないで他の思い出作ってるわけで、無理にイベントごとやろうと
するのはエゴだと思う(夜だから強気)正解はないんだけど
なければないでなんとかしてるよ、子どもは(順応力大人よりはるかに高いし)
スポーツと同じで「空きスペース」を作るってことが大事で、大人になると
過去の思い出が甘いから、新たに思い出を作ろうってことが減ってくるんだと
思う(エモいな)「ある」と人は怠けるじゃないですか?「ない」と
なんとかしようって思うし行動するじゃないですか?だから思い出も
消したり、なくなったりするのはそこまでネガティブな問題でもなくて、
むしろ現在に役立たないものを残しておく方が明日のためにならないのかなって
思うときあるんですよね。
じゃあ大人になってどう思い出を作ろうって、どういったときがインパクトある
思い出だったかなって考えると、「初」のものって印象深くないですか?
けっこう大人になっても「初」のものっていっぱいあって、初めての場所とか
初めてのイベントってやっぱりインパクトあるじゃないですか?
そういうものでメモリーを上手く書き換えていくと、昔の良いものは残るし、
新たな良いものも入ってきて多分昔の「実はそれほどでもなかったもの」が
消えていくと思うんですよね。
ここまでは「思い出もうまく書き換えるほうがいい」論なんですが、
書き換えが苦手、書き換えたくないって人もいるはずで、そういう人は
無理して書き換えることないと思っています。
スマホ使ってるとアプリとか勝手にアップデートされるじゃないですか?
あれは親切なように思うけど、アップデートしたことで不都合が起きるってこと
結構あるじゃないですか?アップデートしたら重くなった、ゴテゴテしたいらない
機能がついて使いにくくなったってことがあるように、思い出も無理に
書き換える必要はないですよね、コレクションのように良いものを大事にしてれば
良いって考えも全然良いと思います。
というわけでメモリとメモリーなわけだと思うんですよ、自分はどっちかというと
「今」が大事主義なので、過去の思い出が多く残ってるってのは今を
生きれてないように感じるんですが(人によるから何が良いってのもない)
過去の思い出でメモリを埋めたい人もいるし、埋まってしまう人もいるから
価値観、考え方一つだよなーと思っています。
夜ブログ書くとちょっと深いというかサラッとしないですよね?
ショートショート書く人が長編小説書くような違和感あります笑
では良い夜を、おやすみなさい naoto:-)
2020年7月29日水曜日
2020年7月23日木曜日
人ってどの面から見るかで全然変わる所が水族館にいるエイみたいですよねってブログ。上から見るか、下から見るか、それとも横から見るか(叙情派)
ブログ久しぶりです!笑
今日は(深夜)
”人ってどの面から見るかで全然変わる所が水族館にいる
エイみたいですよねってブログ。
上から見るか、下から見るか、それとも横から見るか(叙情派)” という
テーマで書いていきますね\(^o^)/
ライブ配信を見ていまして、ライブ配信ってお目当ての見ようとするとき
結構他のも目に入るようになっていて(人気の物とか出てくる)それで
ある配信を見たんですよ。綺麗な女性の配信で楽しく見てて、そういう配信
してる人って自分のSNSのアカウント貼りつけたりしてて、気になったら
すぐツイッターとかインスタも見れるんですよ。
そしたら「見ないほうが良い面を見てしまった」
これ結構あるあるでTVに出てる芸能人とかのSNSみたらイメージと結構違って
がっかりしたことある人って多いと思うんですよ、それ!
・人は何面かある
前友人に自分のブログバレして(こっちじゃないほう)
「思ってるより深いねー」みたいなこと言われたことがあるんですが、
ある程度近い人でも見えない面ってあるじゃないですか?エイみたいって
例えましたが表裏の2面どころじゃないくらい人っていろんな面(顔)が
あって人の全ての面を理解する、全ての面を見るってのはなかなかないと
思うんですよ、親子だってだいたい知らない面があるように。
人は5個くらい面があるとすると1つの面だけ知ってる人もいれば、4つの
面を知ってる人もいるわけで、どの面をどう見てるかってのが人に対する
感情(夜遅くに書いてるから頭回らない)だと思うんですよね。
5個の面があると仮定するとネットは1~2の面くらいですかね?
ネットで詳しく知ったつもりでも知らない面は多い、リアルで仲良くても
裏の面とか知らないこともあるので3~4面くらい見えてる感じで、
見えない面と言いますか「見せない」面もありますよね?
なので
5個の面+特別な1面くらいを大体の人が持ってると思います。
(特別な面は見えないという事でもない)
エイの話を始めましょう(話したいんだ)
以前ある水族館に「ヒョウモンオトメエイ」っていうヒョウ柄のエイが
いたんですよ!
上側がヒョウ柄のエイ(笑っているように見えるのは下側ってことですね)で
自分はエイの笑っているように見える下側が結構好きなんですが、
ヒョウモンオトメエイは上側が綺麗でゆっくり眺めていましたね。
(画像検索おすすめです)
そのヒョウモンオトメエイはエイの中でも珍しく上側のほうが魅力ある
エイで、水族館とかにいるエイってだいたいホシエイ、アカエイの下側が
笑っているように見えるエイで、上側は結構地味でかわいくもないんですよ。
遊泳力のあるトビエイは横に泳ぐので横面も魅力的だと思う。
というように同じエイでも魅力的な面って異なると思っていて、
人も
「この面は魅力的だけど、あの面は嫌い」ってことありますよね・・・
スポーツでも芸能でも
「昔は豪快な人が多かった」って言いますが、ある面が飛びぬけて魅力的なら
その他の面が酷くても許される時代だったんじゃないかって思うんですよ。
今は「魅力的な面と他の面もまずまず魅力的」なタイプが人気なわけで
スポーツは凄いけど私生活がダメ!みたいなタイプの時代ではないですよね。
それで自分の結論としては
「(一部を除いて)人の面をすべて見ようとしてはいけない」のではないかと。
ある程度距離(ディスタンス)がある人は見える面だけでもいいような気がする。
もちろん他の面も魅力的で好感を抱くこともあると思うんですが、
人って全部が全部綺麗なわけじゃないですよ。その綺麗じゃない面を
強引に見に行く行為はリスクあるのかなって思う。
なんか真面目に考えた風になってますが、そんなことなくて
人って好きな面と嫌いな面があって、好きな面を見て勢いで他の面を
見ちゃうと期待外れというか、見なきゃよかった・・・ってことがある。
自分エッチな動画凄い好きなんですが、そういう女優さんってわりと
裏の面とかありまして(家庭環境が複雑だったり、ネガティブなことがあって
そういう世界に入った)それを知ると萎えますからね、実際下半身も
メンタルな部分で大きく変化するわけで(最後に下ネタ突っ込んできた)
知らないほうが良かった的なことありますよね。
今日のブログで「叙情派」って言葉を入れたんですが、音楽で叙情的な
ハードコアが凄い好きでわかりやすく表現すると「エモ激しい」って感じ
なんですね、叙情とか激情的な物ってどっちかというと秋とか冬の寒い時に
欲しくなるんですが、夏に叙情的、激情的なことを考えると暑さで
悲しみ、切なさが中和されるんですよ。だから叙情的(エモ)なことは
夏の暑いうちに書くと良いのでは?とおもって書いています。
7、8月は叙情派で行きます(なんの決意)
では良い夜を!naoto:-)
今日は(深夜)
”人ってどの面から見るかで全然変わる所が水族館にいる
エイみたいですよねってブログ。
上から見るか、下から見るか、それとも横から見るか(叙情派)” という
テーマで書いていきますね\(^o^)/
ライブ配信を見ていまして、ライブ配信ってお目当ての見ようとするとき
結構他のも目に入るようになっていて(人気の物とか出てくる)それで
ある配信を見たんですよ。綺麗な女性の配信で楽しく見てて、そういう配信
してる人って自分のSNSのアカウント貼りつけたりしてて、気になったら
すぐツイッターとかインスタも見れるんですよ。
そしたら「見ないほうが良い面を見てしまった」
これ結構あるあるでTVに出てる芸能人とかのSNSみたらイメージと結構違って
がっかりしたことある人って多いと思うんですよ、それ!
・人は何面かある
前友人に自分のブログバレして(こっちじゃないほう)
「思ってるより深いねー」みたいなこと言われたことがあるんですが、
ある程度近い人でも見えない面ってあるじゃないですか?エイみたいって
例えましたが表裏の2面どころじゃないくらい人っていろんな面(顔)が
あって人の全ての面を理解する、全ての面を見るってのはなかなかないと
思うんですよ、親子だってだいたい知らない面があるように。
人は5個くらい面があるとすると1つの面だけ知ってる人もいれば、4つの
面を知ってる人もいるわけで、どの面をどう見てるかってのが人に対する
感情(夜遅くに書いてるから頭回らない)だと思うんですよね。
5個の面があると仮定するとネットは1~2の面くらいですかね?
ネットで詳しく知ったつもりでも知らない面は多い、リアルで仲良くても
裏の面とか知らないこともあるので3~4面くらい見えてる感じで、
見えない面と言いますか「見せない」面もありますよね?
なので
5個の面+特別な1面くらいを大体の人が持ってると思います。
(特別な面は見えないという事でもない)
エイの話を始めましょう(話したいんだ)
以前ある水族館に「ヒョウモンオトメエイ」っていうヒョウ柄のエイが
いたんですよ!
上側がヒョウ柄のエイ(笑っているように見えるのは下側ってことですね)で
自分はエイの笑っているように見える下側が結構好きなんですが、
ヒョウモンオトメエイは上側が綺麗でゆっくり眺めていましたね。
(画像検索おすすめです)
そのヒョウモンオトメエイはエイの中でも珍しく上側のほうが魅力ある
エイで、水族館とかにいるエイってだいたいホシエイ、アカエイの下側が
笑っているように見えるエイで、上側は結構地味でかわいくもないんですよ。
遊泳力のあるトビエイは横に泳ぐので横面も魅力的だと思う。
というように同じエイでも魅力的な面って異なると思っていて、
人も
「この面は魅力的だけど、あの面は嫌い」ってことありますよね・・・
スポーツでも芸能でも
「昔は豪快な人が多かった」って言いますが、ある面が飛びぬけて魅力的なら
その他の面が酷くても許される時代だったんじゃないかって思うんですよ。
今は「魅力的な面と他の面もまずまず魅力的」なタイプが人気なわけで
スポーツは凄いけど私生活がダメ!みたいなタイプの時代ではないですよね。
それで自分の結論としては
「(一部を除いて)人の面をすべて見ようとしてはいけない」のではないかと。
ある程度距離(ディスタンス)がある人は見える面だけでもいいような気がする。
もちろん他の面も魅力的で好感を抱くこともあると思うんですが、
人って全部が全部綺麗なわけじゃないですよ。その綺麗じゃない面を
強引に見に行く行為はリスクあるのかなって思う。
なんか真面目に考えた風になってますが、そんなことなくて
人って好きな面と嫌いな面があって、好きな面を見て勢いで他の面を
見ちゃうと期待外れというか、見なきゃよかった・・・ってことがある。
自分エッチな動画凄い好きなんですが、そういう女優さんってわりと
裏の面とかありまして(家庭環境が複雑だったり、ネガティブなことがあって
そういう世界に入った)それを知ると萎えますからね、実際下半身も
メンタルな部分で大きく変化するわけで(最後に下ネタ突っ込んできた)
知らないほうが良かった的なことありますよね。
今日のブログで「叙情派」って言葉を入れたんですが、音楽で叙情的な
ハードコアが凄い好きでわかりやすく表現すると「エモ激しい」って感じ
なんですね、叙情とか激情的な物ってどっちかというと秋とか冬の寒い時に
欲しくなるんですが、夏に叙情的、激情的なことを考えると暑さで
悲しみ、切なさが中和されるんですよ。だから叙情的(エモ)なことは
夏の暑いうちに書くと良いのでは?とおもって書いています。
7、8月は叙情派で行きます(なんの決意)
では良い夜を!naoto:-)
2020年7月1日水曜日
自分と似てる人と似てない人っているじゃないですか?そこでどうポジションを取るかというブログ
ポジショニング、大事!
自分と似てる人といたり、話してると共感がおおくて心地は良い、
自分と似てない人といたり話してると学びがある、今日は
”自分と似てる人と似てない人っているじゃないですか?
そこでどうポジションを取るかというブログ” というテーマで書いていきますね(^^)
いま「クラスター」って言葉よく聞くじゃないですか?結構前にツイッターで
使われてましたよね?例えばどらやきクラスタ(どら焼きが好きな人の集まり)
みたいな感じ。バスケだったらバスケの中でもNBAクラスタとか大学クラスタ
みたいな感じで、同じような塊っていうんですかね?とにかくクラスタな
わけですよ、クラスタよりシエスタが好きなんですが(^^)
人ってある程度似ている人を好きで、心理学の本とかにも良く書いてあるじゃ
ないですか?詳しいことはよくわからないんですが似ている人のほうが安全な
とこありますよね(でもその中での派閥もできる)
大体の人は似てる人といたりすることが多いのですが・・・そのなかでも
似てる人を特に好きな人っていません?
例えば「体育会系」と「文化系」って分けられ方をするじゃないですか?
まずざっくり2つに分けられているんですが、この中でもさらに分けることが
できると自分は思っていて
・ピュア体育会系(体育会系の純度が高いタイプ)
・ノーマル体育会系(ゴリゴリではないけど体育会系)
・文化系体育会系(体育会系なんだけど文系でもあるタイプ)
・ピュア文化系(文化系の純度が高いタイプ)
・ノーマル文化系(ゴリゴリではないけど文化系)
・マッチョ文化系(文化系なんだけど体育会系でもあるタイプ)
そして
・どっちとも取れる系(多分自分ここ、悪く言えば半端)
体育会系の人の中にも美術的な物を好んだり、文化的な能力が高い人もいれば
文化系の人の中に結構マッチョな考え、強さのある人もいると見ていて、
吹奏楽って文化系に入るけど、そのなかでもマッチョな人っていますし、
体育会系の人にも結構アーティスティックな人がいるように思うんですよ。
(売れてる芸術、ミュージシャンって大体メンタルはマッチョですね)
それで相性もあって(個人差もある)おなじ体育会系でも合わないときも
あれば同じ文化系でも合わないことがあって、自分のポジションと相手の
好むポジションによって相性の良さとか悪さがあるように思います。
例えばピュア体育会系、これは子供の時から大人の今も体育会系のゾーンで
生きてきて周囲に体育会系の人が多いタイプ。そういう人がピュア文化系の
人と合うかと考えると・・・
意外に合うこともある、と自分は思うんですよ。
理由は「お互いのエリアを荒らさないから」
スポーツでよくあるんですが、仲が悪いわけではないのにプレーの相性が
悪い選手っていません?
サッカーであったんですが同じサイドのDFとMFがいて、仲いいんですよ
しかし好きなプレーが同じ(どっちもドリブルで攻めあがるのが好き)で
スペースを味方同士で消したり、どっちも攻めが好きだから守備に穴を
あけたりしてたわけですよ。
合コンとかの席で好きな人が被ったらちょっと難しいじゃないですか?
それ!
自分は結構似てる同性をあんまり評価してなくて、似てない人のほうが
評価高いんですよ。似てるとお互いの良さを消し合う、お互いの良さが
かぶっちゃうことがあって、心の中で競っちゃう。
あまり似てない人だと違う良さを感じれるし、存在価値もあるような感じが
あるので「競らなくていい」というメリットもあります。
多分人って同性より異性を見る目は曇るんですよ笑 それって異性だと
ポジショニングがよくわからなくなっちゃうし、ある程度年齢が近かったり
すると恋愛的な感情が生まれたりもするわけで、冷静になれない!
男女の友情はあるのかってテーマだったら
「年齢が離れてたらある、年齢が近かったら個人による」って考えですね、
年齢も近いほうが良いメリットと離れてたほうが良いメリットありますね。
やはり「近い」と戦えてしまうのかもしれない・・・
大体の国って隣の国と仲悪いじゃないですか?隣で毎日顔を合わせてたら
たしかに問題起こりますよね、ステーキだって毎日食べたら多分飽きるし、
嫌いになることもありうる!
今差別が問題になってますが、人って違うし好きな人も嫌いな人も
いるわけじゃないですか?衝突を無くすとかより衝突を減らすとか、
衝突によるダメージを減らすって方向が良いと思ってるんですよ、どこの
ゾーンに入っても大丈夫だけどヤバいゾーンには近寄らない!みたいな
感じで。釣りは楽しいけど落ちたら危ないところで釣りするためには
装備が必要だし、リスクを負わない選択もある(危ないとこで釣りしない)って
話ですね、涼しい夜はブログシーズンですね笑
では良い夜を!naoto:-)
自分と似てる人といたり、話してると共感がおおくて心地は良い、
自分と似てない人といたり話してると学びがある、今日は
”自分と似てる人と似てない人っているじゃないですか?
そこでどうポジションを取るかというブログ” というテーマで書いていきますね(^^)
いま「クラスター」って言葉よく聞くじゃないですか?結構前にツイッターで
使われてましたよね?例えばどらやきクラスタ(どら焼きが好きな人の集まり)
みたいな感じ。バスケだったらバスケの中でもNBAクラスタとか大学クラスタ
みたいな感じで、同じような塊っていうんですかね?とにかくクラスタな
わけですよ、クラスタよりシエスタが好きなんですが(^^)
人ってある程度似ている人を好きで、心理学の本とかにも良く書いてあるじゃ
ないですか?詳しいことはよくわからないんですが似ている人のほうが安全な
とこありますよね(でもその中での派閥もできる)
大体の人は似てる人といたりすることが多いのですが・・・そのなかでも
似てる人を特に好きな人っていません?
例えば「体育会系」と「文化系」って分けられ方をするじゃないですか?
まずざっくり2つに分けられているんですが、この中でもさらに分けることが
できると自分は思っていて
・ピュア体育会系(体育会系の純度が高いタイプ)
・ノーマル体育会系(ゴリゴリではないけど体育会系)
・文化系体育会系(体育会系なんだけど文系でもあるタイプ)
・ピュア文化系(文化系の純度が高いタイプ)
・ノーマル文化系(ゴリゴリではないけど文化系)
・マッチョ文化系(文化系なんだけど体育会系でもあるタイプ)
そして
・どっちとも取れる系(多分自分ここ、悪く言えば半端)
体育会系の人の中にも美術的な物を好んだり、文化的な能力が高い人もいれば
文化系の人の中に結構マッチョな考え、強さのある人もいると見ていて、
吹奏楽って文化系に入るけど、そのなかでもマッチョな人っていますし、
体育会系の人にも結構アーティスティックな人がいるように思うんですよ。
(売れてる芸術、ミュージシャンって大体メンタルはマッチョですね)
それで相性もあって(個人差もある)おなじ体育会系でも合わないときも
あれば同じ文化系でも合わないことがあって、自分のポジションと相手の
好むポジションによって相性の良さとか悪さがあるように思います。
例えばピュア体育会系、これは子供の時から大人の今も体育会系のゾーンで
生きてきて周囲に体育会系の人が多いタイプ。そういう人がピュア文化系の
人と合うかと考えると・・・
意外に合うこともある、と自分は思うんですよ。
理由は「お互いのエリアを荒らさないから」
スポーツでよくあるんですが、仲が悪いわけではないのにプレーの相性が
悪い選手っていません?
サッカーであったんですが同じサイドのDFとMFがいて、仲いいんですよ
しかし好きなプレーが同じ(どっちもドリブルで攻めあがるのが好き)で
スペースを味方同士で消したり、どっちも攻めが好きだから守備に穴を
あけたりしてたわけですよ。
合コンとかの席で好きな人が被ったらちょっと難しいじゃないですか?
それ!
自分は結構似てる同性をあんまり評価してなくて、似てない人のほうが
評価高いんですよ。似てるとお互いの良さを消し合う、お互いの良さが
かぶっちゃうことがあって、心の中で競っちゃう。
あまり似てない人だと違う良さを感じれるし、存在価値もあるような感じが
あるので「競らなくていい」というメリットもあります。
多分人って同性より異性を見る目は曇るんですよ笑 それって異性だと
ポジショニングがよくわからなくなっちゃうし、ある程度年齢が近かったり
すると恋愛的な感情が生まれたりもするわけで、冷静になれない!
男女の友情はあるのかってテーマだったら
「年齢が離れてたらある、年齢が近かったら個人による」って考えですね、
年齢も近いほうが良いメリットと離れてたほうが良いメリットありますね。
やはり「近い」と戦えてしまうのかもしれない・・・
大体の国って隣の国と仲悪いじゃないですか?隣で毎日顔を合わせてたら
たしかに問題起こりますよね、ステーキだって毎日食べたら多分飽きるし、
嫌いになることもありうる!
今差別が問題になってますが、人って違うし好きな人も嫌いな人も
いるわけじゃないですか?衝突を無くすとかより衝突を減らすとか、
衝突によるダメージを減らすって方向が良いと思ってるんですよ、どこの
ゾーンに入っても大丈夫だけどヤバいゾーンには近寄らない!みたいな
感じで。釣りは楽しいけど落ちたら危ないところで釣りするためには
装備が必要だし、リスクを負わない選択もある(危ないとこで釣りしない)って
話ですね、涼しい夜はブログシーズンですね笑
では良い夜を!naoto:-)
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