きのうリフティング89回いきました!
自分はリフティングとフリースタイルの技(おしゃれなリフティングの技)を
やってるんですが、これは健康にいいぞと思ってエクササイズという観点からも
考えてるんですよ、まだ回し技ができてないのでフリースタイルやってるって
感じはないんですが
リフティング(フリースタイル)のいい点
・適切な運動強度
・一人でできる、そして人ともできる
・お金がかからない
・テクニックはそんなに衰えない
いいことばっかりですね!笑
「適切な運動強度」これすごい良くて、フリースタイルって
サッカーよりスケボーとかに近いと思うんですよ、個人のスポーツであること、
技術で競うこと、専用の場所がいらないこと、アーバンスポーツって
くくりがあって(都市的な競技)敵を倒して勝つ!って感じでもない、
なので「外向きの闘争心」があまりいらなくて「内向きの闘争心」のほうが
重要、内向きの闘争心ってのは自分との戦いで外向きの闘争心は他者との
闘いってイメージです。
だいたい毎日練習というか遊んでいるのですが
・毎日やらなくてもよい
と思っていて、人に教えることを頭に入れながらやってるんですが
毎日やるとどっか痛める可能性が高い、中年の場合スポーツを結構やってた人って
ヒザを痛めてる人いません?普通のリフティングはそんなにヒザ傷めないの
ですがフリースタイルの技って跳んだり捻ったりする技が多くて、膝を
柔らかく使うとか折りたたむとかってことが多い&アスファルトの上で
やることが多いので膝が不安な人はちょっと練習時間考えたほうがケガには
いいと思います。
週一の練習で現状維持+微増
週ニで上達
週三でさらに上達
週六とか週七は中年には危うい(個人の感想です)
習い事やってる人はイメージしやすいと思うんですが習い事って
週一とか週ニのこと多くないですか?それで復習したり(個人練習)するから
上手くなるわけで、週一ベースでそこに個人で練習するくらいが一番
無理ないと思う、よく一日休むと取り返すと何日~みたいのがありますが
休みましょう!
1人でできるスポーツってついついやりすぎてしまうことがあって、
思ったより体に負担掛けてるので「強度を考えて練習する」のは大事ですよね。
次分かったのは
・子供は理論をそんな気にしなくてもできる、中年は理論通りやってもできない
悲しいけど事実笑 youtubeで研究してるのですが子供って見よう見真似で
何回も練習して成功するんですよ、楽しく試行錯誤しながら精度を上げていってて
中年になると回数をこなせなくなるので正しい理論を頭に入れてから
やるパターン多いと思うんですが
体がついてこない!
おそらく反射神経とか俊敏性の問題で遅かったり鈍かったりしてて、動画とってて
わかるんですが体をうまく使えてなかったり妙にもたもたしてたりするんですよ、
しょうがないですよね。
しかしこの
・正しい手順を踏んでいるのに出来ない
というのは自己肯定感下げます、そして今youtubeって大げさなタイトルつける
じゃないですか?
「まったくの初心者でも半日でできる!」とか
できません!
できるものもあるんですが、できないものもあってドツボにはまります。
でもそこはポジティブに考えると
・うまくいかない状態が長いほど指導には役立つ
だと思うんですよ、なんでもそうなんですが
「できない理由ってとんでもなくいっぱいある」わけで
呑み込みが早い人ってその理由の数をそんな多くイメージできてなくて
呑み込み遅い人のほうができない理由対応上手いんじゃないかと思っています。
そして苦労したほうが出来た人のことを本気で賞賛できるじゃないですか?
「は?この技自分1か月かかったのに1日でできた?天才だ!!」
人は褒めると上手くなります、呑み込みが遅い人は褒められる回数も
そんな多くないので褒めがさらに効く、そして呑み込み遅い人のほうが
ずっと長くやって長期的にみると呑み込み早い人を追い越す現象ありますもんね。
(呑み込み?飲み込み?)
・名選手、名指導者でもない
たぶん
プレイヤーと指導者ってパンとごはんくらいの違いでけっこう違う。
まず
プレーを言語化する得意不得意
伝える技術の得意不得意
悪どさの違い
よくプレイヤーとしては天才だったのに指導者としては全然ダメって人が
いますが「やるのと教えるのは違う」おそらく
教える楽しさの個人差もあると思うんですよ、自分結構ずるくて(悪どさに
関連する)教えて楽しくやってくれれば勝ち、みたいな考えなんですよね。
めんどくささとか大変さより楽しさが上回ればいいわけで、とりあえず
基礎とか後回しで派手な技やりたかったらやらせて後で
「派手な技をさらにうまくするためには基礎大事!」って気づかせる順番でも
いいと思う(怪我しなければ)
地味な基礎ってだいたい面白くなくて、今ってすぐ面白いものいっぱいじゃ
ないですか?だからなんでも面白い・楽しいがいいと思う。
よく「ある程度痛い目にあいながら上達する」ってあるけど、痛い目の前提って
おかしいでしょ?娯楽だよ?って思うんですよね。
実際上達のためには練習する~体の使ってない場所を多く使う~痛む
ってしょうがないパターンもありますが上達のためには多少のケガやむなしって
風潮は娯楽とか趣味では違うと思う(競技とか仕事だと話は変わる)
教える、伝えるということがあると頭に入れとくと記録を取ることも
増えると思っていて、ノートに練習した記録をつけてるのですが・・・
・停滞したとき書くの面倒くさすぎ
右肩上がりだと書くことも多いんですが、停滞してると書くことがない&
反省的文章になる!つらい!うまくいかないときは文章ではなく絵を書いたら
いいんじゃないかくらいに思ってます笑
「停滞」これ上達の鍵と悪魔みたいなもので、どう停滞と付き合っていくかが
上達の道なんじゃないかと思っています。
停滞=悪魔、と考えると面白くて
悪魔=完全なる悪でもない
悪魔は悪魔の言い分があって、むしろ正義(天使)より正論言いません?
意外と悪の組織(仮面ライダーとか)って統率取れてません?
女神転生っていうゲームでも天使より悪魔のほうが魅力的に映ることが
あるんですが
・悪魔とは戦わない
がいいのかも、停滞したら停滞=悪!早く抜け出したい!って思うよりも
停滞の世界のそれはそれでありだな・・・堕落しよう・・・堕天使!
みたいにしてると悪魔も「お、おう・・・そんな長居しないでね」って
なると思う、焦って停滞と戦うと心身ダメージですもんね、なので停滞時期は
教えるが上手くなるなーと思うようにします。
書いてて思ったんですが「教える」ってあまりいい表現ではないのですが
「逃げ道」でもあると思ってて、道の数が適度にあるほうがいいのかも。
多すぎると混乱しますが一本道はヤバい、枝分かれしすぎも迷う、2.3本
あれば渋滞も交通止めがあっても目的地まで近づけるわけで
教える、ということをうまく使うのもいいかと思いました!
ではいい夜を!