2021年1月24日日曜日

人はパズルのピースみたいなものなんじゃないかというブログ(ほんのり前向き風)

  誰でもどこかでハマる所がある!(はず)


先日youtubeである人のドキュメンタリーがおすすめに上がってきてて、その人の

出身が新潟県であること、経歴、声を聞いて「もしや!」と思い

連絡したらやっぱり知り合いで(飲みに誘ってもらったり、しょうもない話をしたり

してるくらいの)今年イチビックリしました笑


その方はある界隈ではかなりの有名人だし、商業的にも成功してる人で

昔は頭がよく変わってるとこはあったのは知ってたけど、そういった成功の片鱗は自分は

知らなかったし、都会に出てからの行動で凄い頑張って成功を収めた人なんですね。


そのドキュメンタリーを見るとなかなかの苦労と挑戦をしてて、何度か

「運が良かった」って言ってたんですが、道を切り開く努力と挑戦する勇気は

ほんと凄いと思った(小さな子供がいるときに大きな挑戦をした)


 それでね、その人が成功するまでに何回か挫折をしてて、何回目かの行動で

努力と流れが噛み合って成功するんですが、人って「ピタっとハマる」ことって

あると思うんです。それがパズルのピースみたいだなと思った。


ざっと分けるとパズルのピースで変な形のピースってあるじゃないですか?

それが「変わってる、個性的な人」

そんなに変な形ではなくパズルを支えるピースが

「常識的な人」

そして角とか直角になってるのが

「職人的な人」

自分のようなそこそこ個性はあるけど、個性的な人の中に入ると埋もれ

常識的な人の中に入るとなんか違和感を感じるというというのは

そこまで変な形でもなくて、どっしりもしてなくて、表現しずらいピースが

「なにかと合わさると上手く行く人」みたいなものだと思うんです。


どうやら、人って「適切な位置にいるかどうか」が大きくて、その適切な場所も

いろいろあると思うんですよ。

変な形でも商業的に成功するピースと、商業的には成功しないけど

周囲から重宝されるピースだったりするわけで、変な形だから、個性がない形

だからと言って無理に変形することもないのかなと思った。


その「適切な位置」が難しくて、パズルって108ピースのものもあれば

3000を超えるものもあるじゃないですか?だからさっと自分の位置を見つけることが

できるってのは才能でもあるし運でもあると思う。

個性によって少ないピースのパズルとか多いピースのパズルだったりする

わけで、人によっては一発でピースがハマる人もいるだろうし何十回も

試行錯誤してハマる人もいるわけじゃないですか?

だから少々しくじってもやり直せる!という考え。

パズルはピースが多いほうがやりがいあるじゃないですか!

今は寒いしコロナで相当きつい状況なんですが、寒い時は家でパズルですよ!


もうすこしで2月、春の訪れを楽しみにしています。

では良い夜を! naoto:-)

 

2021年1月19日火曜日

小さな手のひらの上に落ちた結晶のような繊細さは時間で?場所で?それとも自分自身で失ってしまうのか?

  タイトルを今日は叙情的にしました(^^)


すごい意外に思われるんですけど音楽で「ハードコア」というジャンルが好きで

高校生の時から聞いてて、今も好きなんですよ。

ハードコアの中にもいろんな種類があって・・・語るのは難しいし、語れないのですが

そのなかで「叙情的」なものが好きなんですよね。バンドで言ったらstate craftとか

undyingとか(このブログを見てる人で知ってる人はいるのかという疑問)

ハードコアなんだけどエモくてキラキラしてる感じ、ジャケットは中世の宗教画とか

叙情的な風景の物が多くて、世界観もマッチョ過ぎない感じ。ああ伝えるの難しい!

最近のバンドではOutside Her Visionというバンドが素敵です(^^)


 ここから本題に入るんですが、バンドでも人生でも「変化」するじゃないですか?

叙情を売りにしてるバンドも例外ではなくて「同じように突き進む」バンドって

少なくて、マッチョ化したり攻撃性を増したり、詩的な方向に進んだりするわけで

若手女優の「透明感」みたいな期間限定の特産物ってあると思うんですよね。


第三者から見ると「そのまま成長すればいいのに」って思う物っていっぱいあって、

外食産業とか「おかしな変化」をしたため上手く行かなくなった店って多いですよね?

ラーメン主体で行けばいいものをいろんなメニューを加えてしまいそこじゃなくても

良い店になったりする、こともあるし

変化させることで大きな成功を掴むこともある。


20歳は20歳の良さがあるし、70歳は70歳の良さがあって、その瞬間が

与えてくれる輝きって言うんですかね?そしてその「輝き」は期間を限定する

ものであったり期間を限定したくなるもの(素晴らしすぎて永続的に続けることが

難しい)なのかもしれない。。。


何が言いたいかと言いますと「時が与えてくれるもの」ってある、それが

瞬間的なものか永続的な物かはわからなくて、やりようによっては永続的に

できるのかなって感じです。イメージとしては広末涼子さんっていまだに

凄い透明感あるじゃないですか?そういう人もいるし篠原ともえさんみたいに

変化をして素敵な人もいるわけで、その「時」にあるものを気づいて

うまく使うことが良いのかなと叙情的なハードコアを聞きながら思いました笑

音楽にも季節感ってあるじゃないですか?

夏と冬は聞きたくなる音楽が違うし(夏は明るく軽快なもの、冬は叙情的で

美しいものを聞きたくなる)時間帯によっても違う(夜遅くはaikoさんの時間!)

時の恵み、ですかね?

逆に考えると「時に恵まれないもの」ってあって、自分の中では素晴らしくいいのに、

世間では評価がされない物ってのもありますよね、遅咲きの芸能人とかそれに

該当してて厳密にいえば

「時が与えてくれるものが世間では評価されない」ことも多い、今って漫画とか

アニメが大人でも凄い人気で市民権がありますが、おそらく昔はそんなことも

なかったわけですよ、時の流れって凄いですね笑

叙情的&雑貨インスタアカウント作りました 

https://www.instagram.com/p/CKOHoArBKcu/

では良い夜を! naoto:-)



2021年1月17日日曜日

冬もシャワーで健やかに過ごせるんですが、世間的に良いって言われてることが自分に合わない事ってあるよねという話

  風呂、ときどき疲れる!


こんばんは(^^) 今日は

・お風呂そこまで好きでもない

・めんどくさがり

・せっかち

な人向けですね、お風呂とか温泉好きな人は読んでも時間の無駄、そうでない人も

時間の無駄なブログを書いていきます。


 お風呂=疲れが取れる

 シャワー=疲れが取れない

みたいな風潮ってありません?

価値観の違いといってはそれまでなんですがどうやら

お風呂で疲れが取れる人とお風呂で疲れる人はいると思うんですよ。

例えば温泉とか旅館に行くじゃないですか?お風呂好きな人は3回入ったり

するわけですよ(驚)自分は1回で夕飯の前に入る感じですね。

好きな人は

夕飯前+夕飯後(飲んでから)+朝

めっちゃタフ!!!!!

そもそも朝に風呂に入るっていうことが自分には無!

朝風呂入ったら夜も入る流れじゃないですか?めんどうすぎる!!!


 それでちょっと先日時間を測ってみたんですよ。シャワーだと

シャワー(10分)+ドライヤー、着替え(5分)でできて15分で綺麗になる。

お風呂だと湯船に15分くらい浸かっちゃう!

お風呂の恐ろしさは

「入るまで面倒だけど入ったら気持ちよくてゆっくりしてしまう」ところで

快感さは風呂>シャワー(冬時期)なとこありますよね、こたつ的な魔力がある!

たしかにお風呂につかりたいってときもあって、冬の寒い時期に寒い思いをした後は

シャワーより風呂、ですがそれ以外だと自分はほぼシャワー>風呂です笑


 風呂=疲れが取れる、ということにして考えたら

風呂=疲れが取れる、シャワー=ストレスがない、だと思うんですよ。

「うわーめんどくせー!」というものってストレスで自分はストレスを

「かなり体に悪い物」ととらえてるのでシャワーを好む。時間もかからないし

風呂を洗う手間もないじゃないですか?うん、ストレスに対する捉え方だね!


それでですね世間的には良いものとされてることが自分にはストレスになることって

誰でもあると思うんですよ。例えば

・野菜を食べたほうが良い(体質の問題だと思う)

・早く寝たほうが良い(夜型の人もいる)

・結婚したほうが良い(結婚というシステムが合わない人もいる)

・運動はしたほうが良い(散歩、ストレッチで十分な人もいる)

そして少数派ってだいたい肩身が狭いじゃないですか?けれども今の時代

なんでも3%から30%くらいの仲間はいると思う。

エッチな動画とか物凄いマニアックなジャンルがあるんですよ?自分から見ても

マニアックだなーって思うのがいっぱいあるんですが、ジャンルがあって

流通してるってことは需要があるわけで、少数派だから悪いってこともないように

思います。そして今は流れのはやい時代だから多数派だったものが一気に

少数派になったり、逆もあるわけですよ。菅総理の支持率くらい変動してる

わけで「世間的に良い」ものがずっと良いということもないし、自分に合わないって

こともあるわけで人に押しつけさえしなければ(あと迷惑かけなければ)

なんでもいいような気もします。


肩身が狭いものだろうが自分に適してるかどうかが大事なんですかね(^^)

自分のパッと思いつく少数派思考は

・安い豆腐が好き(高いと個性がありすぎて疲れる)

・ドラマ、映画見れない(長い)

・指定席より自由席(自由に移動できるの凄くない?)

・美容室は一人が全部してくれるものが良い(分業だとモノみたいな感覚になる)

・無修正のエロエロより微妙なエロ(想像力でパラダイス)

・本の帯いらない(保存とかに困る)

・勢いありすぎのガソリンスタンド苦手(びっくりする)

思ったよりいっぱいですね笑(まだまだある)世間的に良いということは

肯定しつつも上手く流すくらいで行きたいと思います。


ではいい一日を!naoto:-)


 

2021年1月9日土曜日

コメント力というものを考える、適切なコメントってあると思うしあえてコメントしないっていう方法もあると思うブログ

  あけましておめでとうございます(^^)


今日は”コメント力というものを考える、適切なコメントってあると思うし

あえてコメントしないっていう方法もあると思うブログ” というテーマで

書いていきますね(新年感なし)


 facebookのアカウントがあって、ほとんど投稿してないんですよ。見る専門というか

時々開いていいね押したりするくらいで、去年は2ー3回くらいしか投稿

してなかったです笑

まわりでもfacebookを頻繁に使ってる人ってそんなにいなくて、時々使う人が

多いんですが、facebookって誕生日を教えてくれる機能とかあるわけですよ。

そこでおめでとうのコメントしたり、面白い投稿があったときにたまにコメント

するんですが・・・コメントって奥が深いですよね!


 人と状況によってコメントって変わるんですが、ある程度定期的にやりとり

してる人とのコメントは今日はちょっとおいておいて、あまり絡みが無い人に

対するコメントが今日のテーマ、あまり絡みがないからこそびっくりさせず、

適切なコメントをしたいなと思いブログに書いてるわけですねー、書きながら

まとめていくスタイル!


具体的な例を上げますと、1回会ったことがある人が独立して、これから

がんばっていきますという投稿をしてたんですよ。そういう文ってある程度

長くなるしコメントもいっぱいつくわけで少し考えた末、シンプルなコメントを

送りました(大体の場合シンプルなコメントが無難だと思うので)

もう一つの例ではちょっと会ったことがある人(2回くらい)がメディアに

取り上げられたことを投稿してたんですが・・・その投稿を見たのが結構時間が

経過しててコメントの量とか凄いんですよ、snsの謎って言ってるんですが

やたらいいねとかコメントが多い人っていますよね?何かを成していいねとか

コメントが多い人(今の例)もいればいいね&コメント互助会みたいな人も

いますよね笑 それでその人は「落ち着いたらコメント返していきます」って

書いてあったんですが、まっとうに生きてる人はそもそもそんな暇な時間が

なくて、多すぎるコメントも負担になるのでは?と思ってその投稿には

反応せず別の機会でそのこと(メディアに取り上げられたこと)をコメントしました。


 自分は「忖度系処世術」って言いますか、そんな強い主張がないので

割と共感ですとか称賛する系コメントが多くて、強いコメントはほぼしないん

ですが、強いコメントをする人って言うのもいるわけですよ。

強いコメントが正解な時もありますね、意見をぶつけることで仲良くなることも

あるし、それを求めていることもある。ただ自分はネットでのコメントに

強さはそんないらないかなって考えで、そこは強い主張ですね笑


コメントの頻度について考えてるのですが、これは関係性とかその人の性格に

よって変わりますよね?気軽にコメントする人もいれば、コメントはしないけど

「ナイス!」って思うだけの人もいて、適正な頻度についてはほんと謎です。

ツイッターで引用RTってあるじゃないですか?あれって相手にも伝わるじゃ

ないですか?そこも難しい(悩みではない悩み)ところで、個人の意見では

あまり使わない派なんですが、RT嬉しい!って人もいるしなんなんですかね?

反応が大きくて喜ぶ人もいれば、反応が大きいとちょっと困惑する人も

いるわけで忖度系(すごい狡猾な奴っぽい)としては見極めが難しいわけですねー

ただフォロワー、友人の数が多い人は反応大きくてもOK、フォロワー、友人を

絞ってる人は反応大きくなくてもOKな傾向があると思います。


コメントしても「淡々とした対応」をする人ってのもいて、こういう人の場合

ちょっと「コメントしくじったかな」と思うんですが、基本的に淡々としてる人って

いて、普通にしてるだけなことが多い気もします(たまに嫌われて淡々としてるのも

ある泣)コメントってちょっと勇気がいるじゃないですか?そして相手の

反応をシミュレーションするじゃないですか?それで塩対応だとちょっと

しょげますね笑 

ちょっと話がそれますが、そういう交流があると一喜一憂するわけじゃないですか?

だから好きな有名人を遠くからそっと見守る系ファンの人ってやっぱり賢くて、

「出会わなければ嫌われることは無い」じゃないですか?良かれと思ったコメントが

相手の負担になったり、相手をイラっとさせることもないとは言い切れないので

ポジティブな「接触を避ける」という技術は理にかなっている!

これは「あえてコメントしない」深みのある愛ですね。

好意=伝える=善 という風潮ですが

好意=伝えない=永久 だと思う、フォーエバーラブですね!


適切なコメントを考えるブログ、結論は今日も出ませんでしたが、コメントって

楽しいですよね?会話より相手を予想できるし短文で遊べるので歌を詠み合う的な

コメントもあるし、line的なリズミカルなコメントもできるし、ちょっと重いけど

手紙的なコメントもあるわけじゃないですか?そしてあえてコメントしないっていう

言葉化しない趣もあるわけで、コメントはソシャゲみたいな面白さがある!

練りに練ったコメントよりシンプルなコメントが心に残ることもあるように

正解がなく、考えたとこでそんな上達しないコメント・・・奥深い世界!笑


次回は

「回る寿司でサーモンとアボガドとか崩れがちなのを

どうやってうまく食べるか」(仮)です

では良い夜を naoto:-)