2025年9月14日日曜日

いつのまにか自分のために頑張れなくなってたというブログ

  明日休みなのでそんなに重くならないはず!


40代独身男性なのですが、いつの間にか自分のために頑張れなくなってて、

一人で美味しいもの食べようとか、個人を高める?のが出来なくなって来てて、

おそらくこの変化はメリットとデメリットがあるんじゃないかと思って

整理がてら忘れてたブログに書くことにします。


・自分のために頑張れなくなった時期とは?


これ、おそらくコロナ後(2年前からここ1年)くらいで、コロナの時期っていろいろと

分岐点で、一人で過ごすのが快適でこのままがいいや派って結構出たと

思うんですよ、その逆でみんなといるのが楽しい派っていうのもおそらく

はっきり線引きされた時期だと思うのですが、自分はコロナ明けから

「人といる方が楽しいな」となんとなく感じてた感じです。


・趣味が他者評価を求めるものに移行した


自分今ジャグリング、リフティング、けん玉とかやってて、これって

「人に見せる」部分が大きい趣味だと思うんですよ、タイムとか点数や

数値を競うっていう競技ではなくて、競技としては凄いかどうか、

面白いかどうかって短時間で競うもので、自分のためにやってるけど人のために

やる部分も大きな趣味だと思ってて、そこ自分は凄い好きなんですよね。

一人で行う趣味なんですが、人が関与することでさらに上達や笑顔が生まれる

良い趣味(怪我もそんなしないし、お金もそんなかからない)だと思ってて

楽しく、マイペースで続けられています。


・年齢的な意欲の衰え


これ言いたく(書きたく)ないんですが、凄いあって

「そこまでしなくていいや」って考えが増えました、釣りも好きなんですが

一人で釣りに行くことが無くなったし、大物を釣ろうって気も薄れてて

釣り=友人との楽しいコミュニケーションツール、ってなってきましたね笑

スポーツ観戦も人と行くことが増えた気がしますし、自分の強い意志で行う事が

間違いなく減ってる!これは個人差あると思います。


・自分のために頑張れなくなったメリットとは?


生きるのが楽になった、とは凄い感じてて、例えば自分昔収集癖があって

野球カードとか集めてたしなんかのおまけとかも集めてたんですが、集めたとこで

状態をキープするのも大変だし特に何にもならないやん!って思って今はそんな

物を集めることが無いんですが、自分のために頑張るって諸刃の剣ですね。

年齢とか環境関係なしに自分のために頑張り続ける人はいっぱいいるし、

頑張らなくなった人もまあいるはずですが、頑張れなくなった=悪ではない。

頑張れない=なんらかの変化(まだ言語化難しい)

逆にデメリット感があるのは

「何物でもない人生ほぼ確」ってとこで、少しさびしい気がするんですが

なんらかの人物と何物でもない人物どっちが偉いかって話でもなくて

頑張れなくなった、頑張らなくなった=リラックスでき始めてる状況

なのかもですね。


 ちょっと切ないタイトルですが、意外と前向きでしたね笑

ブログはまれに頑張って書きますね、では良い夜を!

2025年4月19日土曜日

読めなくなったのか読まなくなったのか、積んだ本を読まずに1年

  装飾の綺麗な本だけ取っておこうか考えてます!


前ブログで「本を読まなくなった」って書いたと思うんですが、本棚から出して

おそらく1年くらい経った本の塊があって、今移動中です。

なんかで見たんですが

・1年たって使わないものはもう使わない

って理論がすっと自分の中に入ってて、確かに服とか雑貨とか1年使わなければ

体感で98%くらいは要らないように感じていました、

しかし自分は本読まなくなりましたね。おそらくスマホと動画と他のことに

気持ちが行ってて読まない、読めないじゃなくて読む必要が今はない

(余裕が無いのもある)ってことなんですかね?

昔は本ずっと読むんだろうなと思ってましたが、人の気持ちは変わるもので

自分の中での変化した気持ちとの戦いってありません?

変化を否定する自分と変化を肯定する自分がいて、だいたい競るんですよ、

それで何かの拍子に一気に決着がつくみたいな感じ。

そして無くす、片付けるとスッキリして気持ちが良いのでほんと昔収集しがちだった

のですが今は物が少ない人になりつつあるのも自分での驚き

(自己分析では物を管理するパワーが衰えた&物に使う気持ちを割けなくなった

のが大きい)というわけでお昼食べてまた片付けます!

では良い土曜日を!

2025年1月6日月曜日

自己肯定感の互助会システムがSNSなんじゃないかと思うブログ

  てんぷらか、SNSか(名言風)


あけましておめでとうございます、ブログ久しぶりすぎますね笑

前youtubeやってるって書いたと思うんですが、時々同じような配信をしてる人の

動画にコメントしたりライブ見たりしてるんですよ、そうするとコメントとか

いいね押してくれるわけで、リアクションが増えるとさらに人の目に増える機会も

増えるわけで、同業者?(自分は利益出てませんが)と交流するのを

「商店街の店主さんってこういう感じなんかな」と思ったりしていました。


インスタもやってますがやはりいいね押してくれると嬉しいわけで、このいいねも

フォローしてても押してくれる人とあまり押さない人っていません?xでも

多分そうですよね?押す押さないの感性(考え方)は人それぞれなんですが

自分は押してもらえると嬉しいですし、見たら押す感じ。おそらくそれが面倒で

インスタのストーリーがメジャー化した一因であると思っています。


順番がおかしくなりましたが「互助会」これ冠婚葬祭とかの用語の意味が強い

みたいですが(検索すると上に出るので)自分は相撲の隠語的な存在の

互助会が今日のブログに近いと見てて、相撲って勝ち越せば番付が上がり、

負け越せば番付が下がるというシステムなのですが、だいたいの勝ち星で

どこに居られるかが読めるんですよね。たとえば

てんぷら丸(おいしそう)という力士が東の前頭10枚目にいるとして

勝ち越せば番付が上がるわけですよ、でも全敗(0勝15敗)とかしちゃうと

十両に落ちる可能性が極めて高くなったりで、何らかの事情があって

勝ち星が欲しいときがあるわけですよ(勝ち越しの際もそうですね)そういうとき

互助会グループで勝ち星を分けたりしてたことがあって(俗にいう八〇長)

良くないことですがシステムとしては凄いなと思ったんですよね。


 例えば自己肯定感損ねることってあるじゃないですか?そういうとき自己肯定感を

上げてくれる存在がいたら助かりますよね?おそらくそれがSNSにあって

SNSのつながりってなかなか絶妙で

・多分実際に会うことはない

人とか多いわけですよ、だから責任なく前向きな言葉をかけたりしやすいのではと

読んでます。

SNSがあるから自己肯定感が下がるってのもよくあるんですが、SNSがあることで

なんとか保てるという事もあるわけでこのブログここまで読んだ人がいたら

xのほうにいいね下さい笑(おそらく2~4人読んでくれてると予想)

独身男性として正月、春らへんは自己肯定感の下がりやすい時期な気がしますので

互助していきましょう、というかほんのり自己肯定感上げてください!笑

では良い夜を!

2024年11月22日金曜日

幕下(相撲の)で勝ち上がるのは人生みたいだと思ったブログ

  相撲は人生みたいですね!


相撲って夕方にTVでやってるじゃないですか?BSだと13時からやってて

幕下の取り組みとかあるんですが、幕下のシステムってわかります?

自分も良くわからないのですが

有名なお相撲さん(TVでよく聞く人とか)って相撲の場所が始まると15番相撲を

取るわけですよ、15日連続ですよ、それは大変だし八〇長もしょうがないですよね

(とんでもない暴言)

幕下(幕下以下)って場所で7番しか取り組み(試合)がないわけで

毎日取り組みがあるわけではないんですよ。連戦もあれば2日取り組みが無かったりも

するわけで、連続して取り組みがあるのも大変ですし、前日まで取り組みが

あるのかないのかもわからないのも大変ですよね。

さらに幕下以下って「スイス式トーナメント」方式を取っていて

自分と同じような成績の人と対戦する、という合理的なんだか合理的じゃないんだか

良くわからないシステムがあって

例えば

天ぷら丸(美味しそう)って力士がいたとして1勝5敗だったら、だいたい

1勝5敗の力士と対戦するってシステムで全勝も全敗も出にくいシステムで

7番の取り組みをするんですよね、え、番付があるんだから近い人と戦えば

いいじゃんとも思ったのですが幕下以下は人数が多すぎて星が偏ったり

するからなのですかね?(幕下は120人くらいいるので)

でここから本題なのですが、自分は相撲って競技と興行を上手く混ぜたシステムだと

思ってて、だいたいの競技でもそうなんですが競技が研ぎ澄まされてくると

面白くなくなってしまう、例えばバスケだとスリーポイントばっかり狙ったり、

野球だと長打ばっかり狙ったり、サッカーだとフィジカル的や戦略的に

なりすぎてしまう部分があって、興行要素結構好きなんですよね。


 それで幕下って力士の中で平均より強い人の集まりなわけで、学生時代超

実績がある人とかでも幕下からのスタートなわけですよ、そこで勝ち越しするのって

大変で

・自分が調子が良いと調子の悪い相手と当たらない

・調子を上げていくと強い相手と当たる

・分のいい相手、分の悪い相手との対戦がランダム

・取り組みが7番しかない

どちらかというと相撲って弱い力士への救済措置?が多めだと思うんですが、

ほどほどに強い力士って大変で、長期的展望より短期的展望の力が必要と

されるような気がして、物事をトータルで勝つ(十両より上)よりは

今と次を勝つ(幕下以下)みたいな違いがあるように思いました。

ここまでのまとめ

・長期的展望も大事だが短期的展望が上手くいかないとそこまでたどり着けない

・幕下はあからさまに強い力士が落ちてきたり、超強い若手が入ってくる位置なので

割り(組み合わせ)のいい、悪いもある(若干の運要素)

・調子が良いと難敵と当たって、強くなれるチャンス


 幕下の中でも特に面白いと思うのは幕下15枚目以内で、謎習慣なんですが

幕下15枚目以内だと全勝優勝(7戦全勝)だと十両にほぼ上がれるんですよ、

先場所は16枚目の力士が全勝優勝しましたが幕下の筆頭どまりになってて

(今場所勝ち越ししたので十両に上がれると思います、おめでとうございます)

幕下と十両ってとんでもない待遇の違いがあるわけで1枚、半枚の違いで

十両上がれなかったりするし、十両の下の力士に負け越しが多いと

幕下5枚目の4勝とかでも上がれたりするわけで運要素も大きいですね、で

この幕下上位(3枚目とかだとします)って十両力士との取り組みがあるわけで

十両力士でも強い人とそんなに強くない(上がりたてだったり、ケガとかして不調)

人がいるわけでどのタイミングで当たるかってのもありますね、

書いてて思ったのですが番付って結構運要素があって、サッカーみたいに

34試合とか総当たりでリーグやればもっと運要素は減るのですが、相撲って

1場所15番でも超ハードで、力士の数からいっても幕下以下7番は理にかなってる

システムなので、多少の運要素が面白いのかもしれない。

この「運要素」って人生でも結構大きくて、生活習慣とか無茶苦茶でも長生き

する人はするし、宝くじだって当たる人は当たるわけで、不幸な事故にあう人は

会うわけで、多少のことを「運が良かった悪かった」で切り捨てるのも良いと

思います、全部が全部真面目に考えてたら病むし、相撲でも立ち合い迷ったら

だいたい負けるじゃないですか?

今と運と瞬発力、これですね!

もうすこし相撲のことを語るほど知りませんが書くと「幕下上位の壁」が

すごいある気がするんですよ、幕下5枚目くらいですかね・・・

ここが一番力士の気合入るとこだと見ていて(十両に上がると一気に給料

アップなど)強くて気合が入った人勢ぞろい&十両下位で落ちたくない猛者&

勝ちまくってくる幕下の中位あたりの力士、それで4勝3敗とかで勝ち越しても

上から落ちてくる力士が少ないとあまり番付が上がらなかったりするわけで

十両以上で定着してる力士ってもう神みたいですね、十両に上がったら上がったで

慣れない15番を取る、十両に定着してる猛者との対戦、上がったばかりだと

十両の下の方なので負け越したら再び幕下陥落の危機という困難っ!

大体の人ってギリギリのバランスで生きてると思うので(SNSで華やかな人って

信じてない!笑)幕下力士に謎共感して相撲を楽しみたいともいます。

では良い夜を!


2024年10月10日木曜日

フォローはしないけど定期的に見る好意的な人とそうではない人がいるというブログ

  フォローしてないけど見てるって人いません?


noteってブログサービスでフォローはしてないけど見てるって人がいるんですよ、

多分年代は自分より少し上で男性の方なんですが、自分的には考えとか文章が

面白くて、フォロワーもあまりいない一般の人なんですが、

見るけどフォローはしてないんですよ。


なんでフォローしてないかというと

・そこまで定期的に見たいわけではない

・交流(ネット上)が増えたら嫌なとこが見えるかもしれない

という理由で、結構最近SNSでフォローするのに臆病になってて、いいのか

悪いのかわかりませんが距離が欲しい感じ。

自分の場合xだと270人くらいフォローしてるんですが、その中で今も定期的に

つぶやいてるのって100人もいなくて、おそらく1ヶ月で絡む人は5-15人

くらいしかいない感じです。それくらいでストレスもないからいいかなとも

思っててSNSでのフォローはあまり今はしてないです。

で、このフォローしてないけど好意的に見てるって気持ちを伝えたいというのも

あってなんかキモさもあるんですが、人って反応がない、ほぼなかったりすると

アクションが減るじゃないですか?だから好意的反応を伝えようかどうかは

たまに葛藤し、だいたいしてないです笑


 ここから人間の中の腹黒さを感じるブログになるんですが

・結末がどうなるかを見たい人

っていません?自分結構いて(大体が有名人)トラブル起きる系、起こす系の

人って見てて面白くて、自分にかかわりのないもめごとって大体面白いわけで

おかしな方に向かう有名人とか多いじゃないですか?

見てる!

当然フォローとかコメントもしないんですが見てる!面白い!(ひどい)

自分がいま観察してる人(その言い方が腹黒いですね)がいるのですが

あることを頑張ってるんですが、どう考えても体に悪くて、依存的なハマり方を

してるんですよ。でその人のフォロワーってその人を肯定するわけなんですが

最近

・なんでも肯定する=最強の悪魔

じゃないかとも思ってて、もちろんそういう人は多くないと思うのですが

面白い結末を見たいためにターゲットを太らすっていうんですかね、ターゲットの

行動を加速させる肯定してるんじゃないかと思うんですよ。

誹謗中傷って悪いじゃないですか?悪い結末に向かって自分から向かっていく人を

応援する行為って多分悪いとはならないわけで、あまり関係ない人の

バッドエンドってエンタメとしては最強なので、それを見るための

行為っていうんですかね?それに近いものがやはり自分にもあります。


フォローも好意じゃなく観察の意味もありますもんね、自己肯定感を上げるには

やはり天ぷらを揚げるしかない、気合入れてかぼちゃ捌きます!

では良い夜を(終わり方雑)

2024年9月19日木曜日

コンプライアンスに抵触しない八百長という処世術があるのでは?というブログ

  そもそも八百長の由来は犯罪行為ではなかったですし・・・!


先日新たなスポーツをやってきたんですよ、楽しくて継続してやっていこうと

思ったんですが、その中で発見があったんですよ。


自分がやったスポーツって

・老若男女、障がいのある方も無い方もみんなで楽しもう!

って感じのスポーツで、大元のスポーツを負荷を軽く、ケガをしないように、

みんなで楽しめるようにルールを変えたスポーツなわけで、結構参加者の

レベルの差があって、普通に出したパスが取れなかったりすることがあったんですね。

それで自分はパスを出した側で

「全然オッケー、しょうがないですね」みたいなこと言ってたんですが、

多分ですね

・ある程度慣れている人の普通と初心者の普通は大きく違う

というのがあって、パスが取れないのがミスじゃなくてその人に合ったパスを

出してない自分のミスだったのかなとうちに帰ってから思いました。


 スポーツでもなんでもそうなんですが、人によってやる目的って違って

それほどガチさは求めてなかったり、上達を求めてない人も結構いるわけで

そのスポーツの正解=その場での正解、でも無い気がしました。


プロスポーツって今大体拡大路線じゃないですか?これ自分に合ってるかどうかと

考えると本音ではそうではなくて

チケットも高くなってるしサブスクも高くなってる、でも入ってくるお金は・・

みたいな話で好きなプロスポーツが発展するのは正しいのでしょうが、個人としては

ちょっとしんどい(言ったり言えなかったり)ので

正しいけど(自分にとっては)正しくないってことある!


 で、話ちょっと戻すんですがチームスポーツで経験者と未経験者みたいな

レベルが違う人が一緒のチームになることがあって、未経験者の人がミスって

経験者が取り返すみたいな構図もあると思うんですが・・・


味方(未経験者)がミスしたら経験者もミスった方が平和なのでは?


とも思いましたね、ミスした後に成功があるとミスしたことが映えません?

(自分の中で)エンジョイ系趣味だったら不慣れな人がミスったら慣れてる人も

ミスった方が慣れててもミスることがあるから伸び伸びやりましょうって

言えるという考えもあるじゃないですか?

できることをできないようにやるっていうのも八百長の一種なんですが、

できるからできないこともできるわけで、誰も不幸にしない八百長って

優しいウソと似てますね笑

実力が無ければ八百長は出来ない!という言葉が好きで心に染みてるんですが

なんでも勝つことが良いわけでもないし上手ければいいというわけでもないのですが

コンプライアンスに抵触しない八百長のためには実力がいるわけで

練習しようという謎理論でモチベーションアップです(なにこの結論)

では良い夜を!

2024年8月7日水曜日

熱量の差というものが最近厄介なのではと思うブログ

  そのものにかける熱量というか力の差のことですね!


この前バレーを見ていて、同時にワードでも話題になってたのが

「サーブミス」でいいとこでサーブミスが出たりしてたんですよ、自分バレーも

よくわからないのですが

・サーブミスをしないような置きに行くサーブでは勝てないからサーブミスは

しょうがない

派と

・でもサーブミスでも1点だからサーブミスだめだよ

派がいて(もちろん中間とか他もいる)これは埋められない派閥だなと思って

見ていました。


 youtubeとかインスタをやってるんですが、見てる人の見方というか

見る熱量ってかなり差があって、丁寧に説明してるのに全然わかってもらえない

ときもあれば、そんなとこまで見てるのか洞察力高い!って思う人もいるわけで

完璧なる説明は諦めているのですが、逆に自分が見る側でも

・ちゃんと見る

・適当に見る

場合があって、適当に見てるとき説明されても聞いてない、理解しようとしない

ときがあるんですよ、だから

説明書きとか詳しく書いていても

・細かく理解する熱量を使用しない

人って結構いて(自分もそういう時わりとある)理解力が低いとかじゃなくて

そこにエネルギーを使ってないのではないかって最近思うんですよね。

説明書を読むのが楽しいときとめんどくさい時があるような感じ。


で、この熱量差っていうのは埋めるのが難しくて、熱量が多い側の人が

熱量の少ない側の人に説明する~とかなるんですが、それを求めてない熱量の

少ない人って言うのも多いわけで、今オリンピックやってますが

「感動した!!!!」とか言いますが2週間後には自分多分忘れてますし、

なんでもかんでも受け止めてたら生きるのもしんどいのでそれでいいかなと

思うので、「一過性のもの」ってそれはそれでいいやんって思ってます。

 しかし熱量も変動するので熱量少なかったけど多くなるとか、熱量多かったけど

少なくなる、無くなるってこともあるので、熱量差があって意見が分かれる人とは

議論をしない、見ないのが良いのかなと思いました(冷めてますよね)

熱量ランク可視化できたらいいですね笑 バスケ好きだけど熱量ランク3で

現地観戦はたまに、TVでやってれば見る!とか、熱量ランク8だったけど

今チームが弱いから熱量ランク3になってる!とか、まあそれはそれで

問題起こりそうですね、大事なのは見て見ぬふりだと思います!

では良い夜を。