面識のない人やチームでときどきあります!
スポーツチーム応援してるとするじゃないですか?ときどき「そこまで勝たなくていい」
とか「負けないかな」って思うことが自分はあって、ひねくれた考えの理由を
考えてみました。
・成功のミスマッチが起こる現象
成功はしてほしいけど大成功すると全然遠い世界に行っちゃう!って推しのもの
ありません?割とマイナーなジャンルのものが好きなこと多いんですがマイナーな
ジャンルってその世界のレジェンドに話しかけやすいし、会って気軽に
写真撮ってくれたりするわけですよ、その人が地上波とかネットでバズったら
そういう行為もできにくくなるわけで「大きくなりすぎてほしくない」から
大きな成功を願わない時がある・・
みんなが本音はどうなのかわからないですが、人の成功っていいものだと思うん
ですよ、でも大成功は妬みません?少なくとも自分は妬みますね、その
部分が出ちゃう現象はあります。
・自分が不幸せだから
はい本音!笑 なんだかんだで幸福度が違いすぎると素直に応援できないわけで、
有名人とかのあるあるなんですが有名人ってめっちゃ稼ぐんですよ、そういう
人がプライベートではそんなに幸せじゃないと応援しやすくて、お笑いの
人とかで家庭が出来ると面白くなくなるみたいな説もあるんですが、幸せすぎて
笑えないわけですよ(本当のところはわからない)
人ってまあまあ不幸せがデフォルトだと思ってて、中年になったからわかりますが
加齢による体調の微妙さとかいろいろな負荷があると目を輝かせて幸せです!って
言えない!言って脳を誤魔化す作戦は使う人多いですが、過去とかも美化しないと
やっていけないし、後悔が無いようにっていいますが何してても公開するし、
達観したんじゃなく弱ってるだけですし、華やかすぎる幸せは夏の快晴みたいな
ものでしんどさを感じます(今日は忖度しないですね)
・あまのじゃくてき資質
これ自分昔からあって、みんなが好き、みんながやってると違う事やりたくなるの
ですが、こういう人結構いません?謎の反抗をしたくなって、やはり強い光は
まともに受けられるときと受けられない時があります。
逆に自分が純粋に応援できるシチュエーションは
・なんらかの面識やつながりがある人
・アニメのキャラクター(ドラえもんなど)
・歴史上の人物(生きてない人)
村上春樹さんのノルウェイの森でしたっけ?永沢っていう人物が
死後30年を過ぎていない作家の本を手に取ろうとしなかった、という描写が
あるのですが(また読もうかな)偏屈、変わってるなとその時は思ったのですが
めちゃくちゃ理にかなってる行為だと最近思ってて、生きてる人って評価が
変化したり、その人を見る目が変わったりするんですが、生きてない人の作品だと
フラットに見れる。純粋に作品を楽しむ作戦としてかなりいい気がするんですよね。
だから歴史上のもの推しっていうのが心の浮き沈みエネルギーをあまり
消費しなくて済むような気がします。この心が浮き沈みするっていうのの考えも
ざっくり2通りあって
・ギャンブル的で楽しい
・平穏に過ごしたいからいやだ
スポーツチームの応援ってギャンブル的要素があって、今仕掛ける側の人の
テクニックも物凄く高いから恐ろしいですよ。推し活をメディアでポジティブに
言ってますが、推し活しない方が良い人、状況って言うのもあるわけで
推さない活もアリだと思います。
応援って恋愛に似てるとこがあってエネルギーを消費するじゃないですか?
そのエネルギーを消費したいときと消費したくない時が6月の天気みたいに
変わってて明日には推しは推せるときに推せ!とか言ってるかもしれません
(いわない)ではいい一日を!