2018年10月30日火曜日

ブログの「考えを置いておける」システムいいですよねというブログ

 ブログ2種類やってて、もう一つのほうって個人名出すんですよ
テーマが「勝ちモード」で勝つ人の良いところを学ぶってのがテーマで、基本
肯定で、褒めてる、そして最後グダグダになるのも一緒なんですが、北国より
過疎なブログでも時折「名のある人」が見ることがあるわけですよ、気を付けなければ!
(気を付けてもくだらないこと言いまくりですが笑)

 こっちのブログはさらに見る人が少なくて(最小アクセスは10ちょい)
その分気楽ですよ(*^^*) それでふと思ったんですが、ブログって
「考えを置いておける場」なんじゃないかって思うんですよね。
ツイッターは「考えを主張する、主張になってしまう場」だと思うんですよ、
広がりが全然違うわけで、スピード感、広がりにおいてはツイッター最強。

 しかしブログって根強いわけで、最近の意識高めの人って「note」っていう
ブログやる人多いですよね、noteはオシャレだし、課金もスムーズなんですよ。
最近は個人の配信でも「課金」というか「投げ銭」が出来るわけで、これは今風の
システムですよ!なぜなら外で歌ったりトークするより家で歌ったりトークしたほうが
迷惑が掛からない、そう選挙の街宣車はなんとかしてほしいですよね
(あのシステム近いうちになくなるはずですよ)課金はまた別の話になるんで
いいんですが(有名な人はブログをしっかりとした考えを表現する場、広告的に
使ってますね)ブログが無くなりそうだけど根強く残ってるわけを考えますと・・・

・ブログは文章として残すのにいいツール
・考えは140文字では収まらない

あと「好きな時に書けて、好きな時に見れる」っていうのもありますよね。

 それでですね自分は「考えを置いておける」ってとこが良いとこだと思っていて、
自分はそうなんですが「そんなに人の考え(意見)いらない」って考えなんですよ、
自分の意見は主張するくせに人の意見は聞かない・・・酷い!笑

でも人ってみんなそうだと思うんですよ、話すよりだいたい聞くほうが苦手、
それでネット見てたら偶然見たんですが
「人の話を聞く仕事の人は病みやすい」っていう考えがあって、確かにそうだよなーと
思ったんですよ、「人の話を聞く仕事」って大体がネガティブ、辛いことを聞くわけで
相当大変なんだと思う、負けるって表現になるんですかね?ネガティブに飲み込まれる
ところがあるんじゃないですかね?TV見ててもおしゃべりな人のほうが
長生きなのは「聞くより話したほうがストレス解消には良い」だと思う。

話のマークがずれてきたぞ!戻すっ!

 今日は1人の方が見てると仮定するんですが、講演会、トークショーって
行きますか?それが有料だったら行きますか?

自分の答えは「行く!」人によるんで、無料でも行かない人もいれば、2000円
払っていく事もありますね。

「欲しい、学びたい意見は有料でも行く」

これが多分キモだと思うんですよ、良いものって無料じゃないわけで、労力や
お金が必要になるんですが、それがあっても得たい意見があるわけですよ。
もし興味ある人の講演会が3000円(高め)
興味ない人の講演会が無料
興味ないどころか好きじゃない人の講演会に行けば1000円貰える、でも
自分は興味ある人の講演会に3000円払って行きますね。

人の考えってそういうたぐいのもので、なんにもしなくても見れるツイッターより
「見る!」って決心して読むブログのほうが労力使うので、共感値も
ブログは高いのかもしれませんよね。
意見は街宣車に乗って叫ぶと聞こえる状態になるんですが、必要ならば
意見は置いといても見に行く、見に来るような気がするんですよ、アピールが
ないからブログは広がらないし、読む労力もいるから簡単な共感は得られないけど
「高い共感」はあると思う、軽い100人の共感より、1人の深い共感、だと
思っていますね(^O^)

 ツイッター見てても「この人はツイッター向き」「この人はブログ向き」
「この人はSNS向いてない!」とかって人、いますよね。バスケはツイッター
主導じゃないですか?あれはツイッター向いてない人は辛いんじゃないかと
最近思うんですよね、完全に見るオンリーならいいんですがある程度交流が
あるじゃないですか?そうすると100%自分の望む通りにはならないわけで、
嫌だったりすることもある、それでネット見なければバスケの情報ってあまり
入ってこないじゃないですか?だから思ったより簡単にバスケの熱は下げることが
出来るとも思います(腹黒いな)

ちょっとずつ実践してるんですが「エネルギーの振り分け方」っていうのが
あって、なにかにハマるとその分エネルギー消費するんですよ、それで問題ない
時期だったらいいわけなんですが、人ってエネルギーを集中しないといけない
時期とかがあるわけで、ハマってたもののエネルギーを他の所に使うって
ことをうまくできるようになれば人間的成長があるような気がする!
とりあえず来月もバスケライブ?入らないかな・・・
入ると見ちゃって時間凄い消費するんですよね・・・(エネルギーも)
12、1、2月(2月はリーグ戦少ない)くらい見て(雪多いからちょうどいい)
あとはエネルギーうまく使い分けようかな、と考えております。
「ツイッターもそんなやらない」「スポーツ観戦にのめりこまない」というのが
自分の短期的目標の一つです!ブログは全然書きますが(もっと書こう)
つぶやかないな、あまりバスケ見てないなと気づいてもらえたら作戦通りです!
(というか学生バスケのシーズンでそっちをガンガン見る!)

今日は終盤迷走しましたが、「ブログはいいぞ」「のめりこまないぞ(決意)」
ということだけわかってもらえれば幸いです(^^)/

次回は 「回る寿司でもバランス考えて食べる人は多分真面目」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)

2018年10月24日水曜日

たまにエモーショナルなブログを書く会(たまエモ)

 まえもちょっとエモいブログ書きましたよね、時折書いていこうと思います、
というか「ある場所」に行くとエモくなるわけで・・・

 地方都市あるあるなんですが、町がじわじわと衰退していて、県の中に
勢いのある場所がちょっとあって、他は衰退してるじゃないですか?衰退してる
場所に結構思い出が詰まった場所ってあるわけですよ、そこが無くなって
味気のない駐車場になってる(うん、前回もこれは書いたね)

 「あったものが無くなるのは寂しい、では最初から無ければどうなのか?」

これは・・・誰もわからないですよね?
「青春時代の思い出は価値が高い」説を採用してるんですが、大体の人が
それに該当すると思うんですが、青春時代楽しくなかったって人ももちろんいるわけで、
その人が青春時代同世代が盛り上がってて、自分はその輪に入れなかった場所とか
見るとやっぱり切ない、というか感情は乱れるんだと思う。

・あったものが無くなった寂しさ
・なかったものを実感する寂しさ

どっちもあって、優劣は付けられないものだと思うんですよ。

「比較することがカギでは?」

人って物事を人と比べてしまうことがあって、今って人の情報が分かりやすく
なってるから、それで苦しむことが多いんだと思います。持ってない人は
持ってる人を羨ましく思い苦しむし、いざ持ったとしてもありがたみは薄れて行って、
実はそんなに必要ではなかった、それを突き詰めていくと「悟る」状態になって、
心安らかになるんでしょうが、そんなに生きてて楽しくないのかなとも思います。
でもある程度の年齢に行ったら「悟る」は良いですよね、若いうちから悟ってもなぁ、
というのが自分の感想。なんだかんだ言って感情のメリハリがあると
楽しいんだと思う、葛藤がなくなったらどうなんですかね?少なくとも
ブログはつまらなくなるな(今が面白いというわけでもない笑)

 「エモさを感じやすい時、そうでもない時がある」

秋冬ってエモシーズン、冬はエモじゃないですね、悶々シーズン笑
夏のエモさと秋のエモさってちょっと違って、秋のほうが深いんだと思います、
寒いから考えが深くなるんじゃないかって思ってて、北海道の家って凄く
暖かいって言うじゃないですか?そこが東北との感性の違いに繋がってるような
気がするんですよね。
 感性の違いで思い出したんですが(今日のブログってフリーテーマですね)
感性って似てきますよね、感性を「寄せる人」「寄せない人」っていて、どうやら
「女度」って表現を使いたいんですが「女度」が高い人は感性を寄せるタイプ
(自分はこっち側)だと思うんですよ、よく彼氏の影響で嗜好が変わる女性って
いますが「女度」高いんだと思う、
女度高い20-30%
女度普通50%
女度低い20-30% くらいだなって勝手に考えてるんですが(結論ないしね)
女度高い人の断捨離と、女度低い人の断捨離って多分意味違うんですよね。
女度高い人は感性を変動させるから必要な持ち物も変動して、切り替えのタイミングで
物を捨てるんだと思う(自分も)女度低い人はもっと主体性を持った
物の捨て方するんじゃないですかね?このテーマ凄い自分は面白くて、
同じ「捨てる」って行為にも複数のタイプがあると見てるんです、知ったところで
何もなりませんが、面白い。

人に「合わせる人」「合わせない人」ってのもいて、「合わせる人」のなかにも
複数のタイプが存在するんだと思う、純粋に人が良くて「合わせる」って人と、
戦略的に「合わせる」タイプ、「合わせない人」だと自分が強く確立されてるから
合わせないって人、合わせるのが下手だから合わせないタイプなどいますよね。
 自分が興味あるのは「あえて合わせない」人、これは意識してやってるので
あれば戦略的で、面白い物語があるんだと思う。なんらかの目的、目標があって
「あえて迎合しない」って人は興味ある!自分は「戦略的に合わせる」タイプに
入ってると思ってて、あれなんですよ、自分を確立して主導すると上手く行かないの
わかるし、そこまで人が良くもないから人に合わせるのをちょっと娯楽みたいに
捉えてるとこがあって、面白い、魅力的な人がいたら感性とか寄せて、
合わせて行ったほうが色々いいんだと思ってるんですね。うーん腹黒!
でも誰でも合わせようとする、合わせるのを考えるのが世間一般で言う
「良い人」なんですよね、凄いと思う、そして疲れると思う。

「タイトルからどんどん離れてる!」

いつものことなんですが、冷静に考えて自分の考えをしっかり出せる場って
無くないですか?人と話してたらここまで長くなると人の意見とか入るし、
長すぎて聞いてもらえない(実際あってこういう話聞きたくない)ツイッターは
短すぎるし、あれって反応があるじゃないですか?(自分はあまりないですが)
意見って結構繊細で、人の反応とか意見があるとブレることありますよね?
講演会とかするレベルなら大丈夫なんでしょうが、考えた事そのまま吐露するのって
ストレス解消ですよね、実際女性芸能人でブログ好きな人多いですもんね、
言葉を放ってストレス解消、文字にしてストレス解消、このブログの存在価値は
それだ!(読む人の事をほぼ考えないから良いんですよね)

次回は 「久々に水族館行ったら新たなエイが加入してた」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)






2018年10月22日月曜日

人の縁という謎システム、繊細さが裏目に出ることもあるし、あつかましさが正解なこともある、おそらくは正解がない!

 タイトルで言いたいこと言ってますよね、よしブログは消化試合だ!(無茶苦茶)

先日、あるスポーツを見に行ったんですよ、そしたら思わぬ有名人がいたわけ
(そのチームに関係あるけど、来るとは予想してなかった)それでその人凄くて、
振る舞いとかファン対応も素晴らしかったわけなんですよ、試合の前にもファンに
丁寧に対応してて流石だと思ったわけです。
そして試合終わったら、キッズたちが気づいて何人かで写真?とか話しかけに
いったんですが、試合後はさらっと撤収してその子たちに気づかなかったんです。
自分はそこで帰ったのでその子達が写真撮れたのかわからないんですが・・・

本題に入りましょう

「スポーツの試合で見に来ている有名人を見かけたら」(一人や同性の友人といる場合)

どうします?

「プライベートだから話しかけない」
「試合前後やハーフタイムに話しかける」

まず二択ありますよね?(試合中に話しかけるのはさすがにまずいと思って
選択から除外した) この二択がまず難しい、おそらく有名人は
「大丈夫ですよー」と言いながらそういう状況では話しかけられたくない
人もいるはず(本心わからないからね)

そのリスクを考えて 「そういう場では話さずそっとしとく」という人多いですよね。

 自分の場合は「チャンスを探して空いてる時間に話しかける」なんですよ。

奥ゆかしい人、あつかましい人の2つに分けたらややあつかましい人にカテゴライズ
されるんですが・・・・

「話せる機会が一生に一度あるかないか」って人、存在すると思うんですよ。

このチャンスを逃したら次はない、という考えで割と(話しに)行きたい側です。

 最初に書いた「ある有名人に試合終了後に話しかけようとした子達」って
行動を正しいか正しくないかで考えると、結構正解だと思うんですよね。
試合前に話しかけるよりも試合後のほうが、いろいろと都合良いじゃないですか?
だから「話しかけたいな」って人の事を考えて、様子見て行動するのは正解、
なはずなんですが結果としては失敗。こういうこと生きてて一杯ありますよね。

 自分は「繊細な人」のカテゴリーに入ってない人なんですが、繊細な人って
物凄く人の事を考えてるように見えるんですよ、考えて考えて、さらに考えるから
結果として「行動を起こさない」ことが多い気がする。

例えばこのブログ見て、もしですよ、「面白い!」と思ったとするじゃないですか?
それを伝える人と伝えない人ってのがいると思うんですよ、繊細な人って
「無言の好意」っていうのがあると思うんですよ、「言うと返信の手間
かけるんじゃないかな?」とか「言って全然意思の疎通上手く行かなかったら
どうしよう」とか。確かに「言わなければマイナスにはならない」のも正解な
わけで「伝えないナイス」は奥ゆかしくて、不正解でもないと思う。

 逆に「あつかましい奴」(自分)の話をしましょう。

自分もう一つブログがあって(そっちのほうが内容しっかりしてる)そこに
良く出てくる「日本トップのスポーツ指導者」って人がいるんですよ
(今もバリバリ活躍中)その方がプロチームの監督やってるときちょこちょこ
練習見に行ってたんですよ、それで練習後出待ち?してて、行ったときに毎回
一つ質問してたんですよ(考えかたとかについて)その行動冷静に考えると
なかなか生意気ですよね笑 日本トップの指導者の方に質問して答えてもらう、
これは「繊細で奥ゆかしい人」はあまりしない行為だと思う、そしてその
質問の答えが本当に「学び」があり、ノートに書いておいて今でもたまに見直すん
ですけどね(なんかいい話風だ!)

 そしてその方がプロチームを退任されて、しょんぼりしていた(自分が)のですが
数か月後定期的な指導をある場所でやる、というのをネットで見つけまして・・・
行きました!(やっぱりあつかましいタイプだ)

その指導って小中学生の指導で有料だったんですよ、それで
「これ見て良いのかなー」と思いつつ行ってみて、スタッフの人に見学して良いと
言ってもらい(スタッフ、オーナーの方が親切だった・・)
父兄でもないのに練習見学して今も縁が続くわけです。

自分が「繊細」だったら練習行って毎回質問するとか、親でもないのに子供たちの
練習見に行くとかできないと思うんですよ、結果として「繊細ではない」から
素晴らしい出会い、縁があったわけでやっぱり正解はわからないんですよね。

 もちろん厚かましさが裏目にもなることもあるし、どう考えても正解だろって
行為が不正解だったりもする、ほんと難しいですよね。
 それで仮説を立ててて
「縁がある人なら選択肢はミスっても大丈夫」
「縁がない人はどんなに選択肢熟考してもダメ」
だと思うんですよ、そしてそれをさらに煮詰めて考えていきますと

「手の届かないものの追い方」っていうのが大事なんだと思うんですよね。

自分は新潟県民なんですが、隣が山形とか富山、福島で首都圏にも行きやすいわけ
ですよ、逆に言えば九州とか四国は行きにくい(北海道はフェリー、大阪は
格安航空機があるため話は変わる)もし、遠いところに「素晴らしく会いたい人」が
いた場合・・・深追いしないほうがいいのかもって最近思うんですよ。
哲学的になるんですが、遠くにいるものは遠くにいる理由があるんじゃないかって
思う、逆に近くにいるものは近くにいる理由があるはずで・・・

このブログこんな哲学的でしたっけ?(今24時)

まあいいや、ブログは深夜の手紙だからね!

さっき触れた「手の届かないものを追うこと」これは・・・手が届かないからこそ
追うってこともありますよね、手が届かないから安心して追えるってのはある。
例えば、磯山さやかさんが好きなんですが追っても何にもならないから、
「好きだ!」と言えるわけで、もし可能性がわずかでもあったらここでは言わないと
思う、追っても関係性が変わらないものってそれはそれで貴重なんですよね。
そもそも磯山さやかさんに可能性があったらブログ書いてないと思う!
ウキウキしてるかソワソワしてる!もしくは些細なことで落ち込みがちになる!

結論
・ブログの内容は磯山さやかさんの動向で決まる

次回は「寒くなる前にふざけようね!」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)



2018年10月15日月曜日

バスケはいろんな示唆を教えてくれるね、というブログ

 参考にした試合
・栃木対富山(13日のゲーム、スカパーで観戦)
・島根対金沢(14日のゲーム、テキストライブを追っていた)
・山形対青森(14日のゲーム、テキストライブを追っていた)

 いつも長くなる(スマホで読むと飽きる)ので今日は早いバスケならぬ
早いブログを心がけます!

 まず栃木対富山からの学び
「レベルが高い物はやはり面白い」
「シュート入るときはどんどん入る」
「気が付くとスミス選手を応援してた」 の3点

このまえ日本代表(サッカーの試合)見に行ったんですよ、確かチケットが手数料
込みで3400円くらいだったんですね(あっマリンピア日本海の年間
パスポートとほぼ同額)それでも・・・価値はあった・・・
ブログだからはっきり意見を言えるんで書いちゃうと、スポーツのチケットの
値段って結構おかしいと思ってて、サッカーだったら1部でも2部でも自由席の
値段が同じだったりするんですよ(2000円とかですね)

 それ、冷静に考えてなんかおかしい(個人の意見です)
レベルが高い物はコストも高いわけで、高いのはわかる。でも逆ならば
安くするべきだと思うんですよ。

日本代表の試合は普通のリーグの試合より割高なんですが、非日常だったり
いつもは見れない選手を見れたり、レベルの高い選手を見れるわけで
やっぱり面白い、単純な発想で行くと
「レベル高い物はやはり面白い」 栃木はさすがのチームですし、富山も
去年より良い感じで面白いゲームでした。

「気が付くとスミス選手を応援してた」

ゲーム2の後半になると選手が疲れていて、スミス選手は体重もあって
なかなかしんどそうに走ってたんですよ(でもがんばって走ってた)
その姿は胸を打った・・・
攻守の切り替えが早くて走っても追いつかなそうだけど走る、そうすると
走らないよりはボールがくることがあってチームに貢献できるわけなんですよ、
遅くても走る、多分間に合わなくても走る、ときには歩く!
動くことで何かを得れるというのをスミス選手から学んだ・・・
みんな、明日から肉もっと食べよう!

 次は島根対金沢からの学び
・勝負は最後までわからないものだ
・接戦取れると嬉しい

島根は公威選手、金沢は堀田HC、遼太郎選手、八幡選手、ライアン選手が
元新潟でプレーしてて、その選手たちが厳しい練習を真面目にしていたのを
見に行ってたから、思い入れがあって今でも応援しているんですよね。

ゲーム2は残り37秒(うろおぼえ)島根ボールで島根が3点リードしてたんですよ、
さすがにこれは島根が取るかな、と思ってリロードしたらまさかの同点!
金沢の井手選手のスリー(ブザビ)で追いついて、オーバータイムで金沢が
勝ったゲームなんですが、残り37秒相手ボールで3点負けてるとこから
追いついて勝つ確率って・・・10%もないですよね?
消費税と考えると結構あるけど(比較おかしい)だいたいは無い展開で
勝負は最後までわからないといいますが、数パーセントの可能性も頑張れば
取れるわけで、人生論のようですよ!頑張れば数パーセント、頑張らなければ
0パーセント、どっちを選ぶのか?って話ですよ。
ちなみに井手選手のスリーなんですが先週は2試合で6の0
島根との2試合は5の5・・・これも面白いですよね、勝負強くて
女子力高くてブログ面白い選手だから是非チェックを!笑

・接戦取れると嬉しい

これは・・・HC(指導者)フアン目線なんですが、人の記憶って相当
ろくでもないわけですよ、日本全国がフィーバーした甲子園の金足農業が
決勝まで行った事はみんな覚えてて、ツーランスクイズも覚えてる人多いと
思うんですが、スコアとかどこに勝ったかって覚えてない人多いと思います。
(もちろん自分もです)
結局は「勝ったか負けたか」で、指導者は勝てばオファーいっぱい、負ければ
指導者廃業の危機と戦ってると思うんですよね、接戦も1勝、圧勝も1勝。
人生でもそうじゃないですか?
負けても良いことは結構多いけど、どうしても勝ちたいときがある!
深い!

 最後は山形対青森からの学び

・人は疲れる
・1勝1敗とは

ラグビーって接触プレー(コンタクトプレー)が多くて、試合中にそれが
多いから番狂わせが少ない(何回も戦うと実力差が出る)って聞いたことあって、
バスケもそんな感じしますよね。
青森は序盤のリードを守り切れず、頑張ったけどゲーム2落とした。
おそらくは「みんな疲れてた」「交代選手がいない」ってのが大きな要因だと
思うんですが・・・ そこでどう考えるかですよね

・ギリギリの中でよく頑張った
・これ、もう少し補強したらもっと勝てるのでは?

自分は後者の意見を採用したいんですよ、人がいない割によくやってたのは
事実で、人がいればもっといい結果が出る(可能性が高い)

ブログは好きなこと言える(あっ、見てる人が少ないからだ)ので考えを
素直に書きますと
「県で無駄な出費多く出すんだから、北の地域は冬明るくしてくれるものに
お金まわせばいいじゃん」って話ですよ!
地方移住促進してるって言っても条件勝負だと北は苦しい(住んでるからわかる)
それならば冬明るくしてくれるものにお金まわして冬を楽しく乗り切れる
作戦面白いと思うんですよ、冬暗くなるから自殺も多いし酒浸り塩分取りすぎで
困っちゃうの!それダメ!肉を喰え、肉を!(目指せスミス選手)
りんごジュースと肉!(たしかに良さそうだ)

・1勝1敗とは

スポーツの場合、置かれてる状況によって1勝1敗でもオッケー、不満なチームが
別れるんですよね。青森の場合は・・オッケーのほうなんですが、
「目標設定のハードル」ってのは「やや高め」にすると良いという案を
採用したい! 取れそうな相手には連勝必須!取れなそうな相手には頑張って
一つとる!と考えてみると良いかもしれません、そして負けたらすぐ切り替える、
自分の場合「この負けは運を貯めるために負けてくれた」と思いっきり
都合のいい解釈をしています笑 いいこともわるいこともあるから悪いことが
あったらその分どっかで良いことがある、と考える作戦です!

と、考えると青森ワッツはみんなのハピネスのために負けが多いのか・・・

優しい!(違う)

 最後ちょっと真面目になるんですが、自分がバスケから学んだことって
「強気」「陽気」「元気」「みんなに好かれなくていい」 なんですよ
(あ、あれ?バスケの内容学んでない!)あ、あと謙虚、これ大事!

ダメな奴、上手く行ってない奴(状態)でも確かに元気で陽気にふるまってると
良いことが起こる感じがあります。自分を洗脳するって言いますか、人の
キャラクターって結構適当で「自分で思い込んでる」「人から言われて思い込んでる」
という思い込みでキャラクターが決まってくるのならば、良い思い込みを
するべきじゃないですか?良いイメージ、良い思い込みってしていきますと
自然に「気が強く、陽気」な振る舞いになると思うんですよ、そうなると
みんなには好かれる感じではなくなる、みんなに好かれようと思うと
「おとなしく、ひかえめ」になるんですが、これ結構損ですよ!
(そういいながらおとなしく控えめな女性が好きという矛盾)

 今日も青森ワッツの事しか語っていませんが(そうでもない)
青森ワッツって自分の中で「しがらみがない」チームなんですよ、だから
好きに言える。何かがある、なんか嫌いなHCとかがいるとかのチームに対しては
あんまり言わないシステムなので(そう考えると嫌いなところ思いっきり
ばれてる可能性ある)好きに意見を言えるチームということで貴重ですよね。

今日のまとめ
・肉を食べよう

次回は「たまに美術館行きたくなる」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)



2018年10月8日月曜日

応援って完全片思いからもしかしたら両想いになれるかもってレベルまで色々ありますよねっていうブログ






















 ???
このブログ基本文章も特に意味が分からないんですが、今日は出だしの画像から
意味わかりませんよね?この画像なんだと思います???(絵として
クオリティが低い)わかる人はまずいないでしょう笑

正解は・・・ 「昔ドラえもんのひみつ道具コンテストに送ったら
最終予選まで残った自分のアイディアの絵」なんですよ(この時点で凄いシュールな
ブログ!笑) 10年以上前の出来事だし、画像を紹介するのも大丈夫だと
思うんですが、昔ひみつ道具コンテストっていうのがあって、確か最優秀になると
作品でその道具が使われる&車貰えるっていうコンテストに3通くらいハガキで
送ったら、30分の1くらいまでに残ったんですよ。それでドラえもんに
テレビで「新潟県のなおとくん」って呼ばれた笑
商品とか何もないんですが、ドラえもんに名前呼ばれたって言うのは面白い話で、
ネタとしては高いですよね。

 本題に入るんですが、ドラえもんの声って大山のぶ代さんの
ドラえもんが好きか、今のドラえもんが好きかって聞くと20代くらいから多分
大山のぶ代さんのドラえもんって答えが多いと思うんですよ、でも自分は
今のドラえもんが好きです、なぜなら「名前呼ばれたことがあるから」

テニスの世界トッププレイヤーでラファエルナダルって言う選手がいるんですよ、
スペインの素晴らしい選手、彼はサッカーが大好きなんですね。それでスペインの
強豪レアルマドリードが大好きなんですよ、どれくらい好きかって言うと
「自分の叔父がレアルのライバルのバルセロナでプレーしてたにもかかわらず
レアルを応援してる」

スケールが恐ろしいほど違いますが、前者の場合
「関係(縁)があるから応援している」
後者の場合
「好きだから応援している」
どっちも正しいんですが、面白いですよね。おそらくアスリートとして一流なのは
後者の考えで「ちょっとやそっとではブレずに自分の考えを追求する」
だと思います。

 今日のブログは1人くらいしか読む人を想定してないのですが、応援に
見返りって欲しいですかね?自分は「まったく完全になんにもない」のはちょっと
味気ないと思ってるんです。一杯もいらないですよ、完全に「ゼロ!」は
寂しい。
例えば自分はサッカー好きだから海外の超一流選手を凄い好きだとしましょう、
物凄い好きでも会って写真を取れることはほぼ「ゼロ」だと思います、何十万も
かけて海外行っても近くで見れるということはほぼない。
日本のチームにいる選手だと・・・一緒に写真取れる可能性は結構あって
完全に練習を見れないチームってないと思うし、数万円をかければお目当ての選手と
写真に納まることは可能だと思います。
覚えてもらおうとか話したいとかはないですが、まったくの「ゼロ」は寂しい。

 しかし熱狂的なファンの中に「そういう接触とかは必要じゃないんで」という
人もいるのも事実、自分は考えます・・・多分こうだと思う
「完全なる片思いは結構いいものだ」

なんでおじさん(30歳以上の男性はおじさんということで良いと思うけど、
おじさんおばさんって表記や呼びかけはしないようにしようね、みんな!)が
夜遅くに甘酸っぱいこと書いてるんだ!!(ブチギレ)

 「完全なる片思い」これは良いと思います、なぜなら傷つくことがないから。
「完全なる片思い」この堅い表現をしなくても、この状態に近い考えを持ってる人って
結構いて、「ファンサは特にいいです」って人は「完全なる片思い」派の
思考なんだと思います。認知してほしかったりするひとは「両想いになれるかも」
派に寄っていて、これはこれで正解でしょう。結局のとこ
「迷惑をかけなければオッケー」

 「応援効率」これは自分が今作った造語なんですが、「応援効率」が良いもの、
悪いものってあると思うんです。例えば2000円で青森ワッツのチケットを
買うか千葉ジェッツのチケットを買うかってなったとき、応援効率がいいのは
青森ワッツだと思うんです、なぜなら青森ワッツのほうが売り上げは低いわけで
2000円の価値が大きい。同じお金を支払うなら青森ワッツのほうが喜んで
くれる(でも千葉さんは相当努力してるし苦労もしてるからわかりませんけどね)

今日も腹黒面出して行くんですが、ある本で「効果的なプレゼントの渡し方」って
いうのを見たんですよ(そういう本好きだから腹黒いんですね)
確か高価なものをポンって1回あげるより、安いものをちょこちょこあげたほうが
いいって言うのを見たことあって、たしかにそんな感じしますよね。
関係性によるんだろうけど、高くても好みに合わない、負担になるものってあるし
安くてもすぐ使えて嬉しいものとか面白いものは多いわけで、よっぽどの
関係でない限りは高い物はそんな効果的ではない、と思います。

話がそれ気味ですが
「労力の割に見返りが悪い物、良い物」というのは存在する。

 人生ってものはどうやら
「追っても手に入らないものがある」って話なんですよ(しみじみだな)
どんなに頑張ってもダメなものってある、わかりやすい例だと100メートルを
どんなに頑張っても10秒台で走れない人が殆どじゃないですか?
努力してもダメなものはダメ。
 しかし少しチャンスがあるのが人生で「そんな追わなくても手に入るものもある」
っていうのも事実だと思うんですよ。人には何かしらの才能があるわけで、
今このブログ読んでる人がスマホで読んでるとするじゃないですか?
自分はスマホで長文読めないんですよ、スマホで長文読めるっていうだけでも
才能だし、クオリティの低いブログを毎月何回か書けるっていうのもある種の
才能なんですよね(おそらく自分にある才能は褒めることだと思う)

ちょっとした「人よりやや楽にできる」ことが才能なわけで、そう考えると
誰しも数個の才能って持ってるわけですよ(まえむきー)それで
「人よりやや苦にしていること」も数個あって、それが「効率の悪い物」
だと思うんですよね、最近世の中で活躍している平成生まれ世代は
「効率の悪い物」の捨て方が上手い、これはみんな見習ったほうがいいですよ、
苦手なものを必死で克服する時間を得意、普通の能力の部分に振り分けたほうが
多分成功は近いわけで、強さを出して弱いとこはさらっとしとく。

話がどこいったんだい!!!(ジ〇リのおばちゃんみたいなセリフ)

「はなし」は良かれと思ってねこのひげをハサミでそろえてやった時のように
戻ってくることはなかった、やれやれ僕はテニスシューズを見つめながら考えた。

夜遅くにブログ書くと思考能力が低下してて、終盤まとめることをしなくなるん
ですよね(自分は)たまにやたらまとまりのあるブログ書いてる人見ると
「A型、真面目」とかってにレッテルを張るんですが、応援というものは
なんなんですかね?無償の愛という崇高さは自分にはないな、実際今応援している
人って
「なんらかの出来事があった人」
「自分に学びを与えてくれる人」
の2種類で、プレーを見て感動してファンになったとかないんですよ。
しかも「自分に学びを与えてくれる人」の応援って
「応援させていただく」という形になってて、これが自分には一番いい関係なのかなと
思うんですよ、頑張れ!ではなく「学ばせてもらいますね」の姿勢が自分にとって
今は一番最善ですかね。

応援はある種の恋で、その中に片想い寄り、両想いになりたい寄りがあるんじゃないですかね、そしてその恋の始まりも一目ぼれ型、じわじわ型とか細分化されてるわけで
面白いですよね、これは一致というものがないと思うんです、だから議論しても
終わりがないわけで今、ブログとしても終わりどころがないわけで(読んでる人が
困ると思う、今度短いの書いてみますね)今日は強引に終わりますね(^O^)

今日のまとめ
・ドラえもんは今のほうが好き
・効率のいい応援、効率の悪い応援はある
・どんなに追ってもダメなものはある
・追わなくても来るものがある(これ大事だと思う)
・面白いものは来ないから追ったほうがいいと思う
・幸せは深追いしないほうがいいような気がしてる
・夜遅くにブログ書くと危ない

次回は「俺釣果情報!」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)