手紙のやり取りは理にかなっていた?
youtubeで初見ならぬ初めてのコメントが来ることがあって、やっぱり
文章って癖が出るんですよ、そしてSNSのコメントって癖が出ても良い文章な
わけで、その短い文章でもどういう人かを推測できるというブログです。
まず感じたのは
・句読点が妙に多い、全然使わない人がいる
自分のチャンネルって大体70%以上がアラサー、アラフォーなんですよ
(アラフォーが45%近い)
アラサー、アラフォーの人でも違いは全然あって、絵文字とか顔文字多用する
人もいれば全然使わない人もいるんですが、年代近い人の文章って
なんとなくわかりません?だから良いとして(強引)
年代が一回り上下したりすると結構生きてきた時代が違うわけで、
北海道と鹿児島くらい違う!すいません嘘つきました
秋田と鹿児島くらい違う、北海道行ったことない!
それで自分は新潟県人ですので秋田は割と馴染みがあるんですが、鹿児島って
やっぱり違って台風とか激しく来るわけじゃないですか?
台風の恐ろしさは相当ですよ、大雪も台風も大変なわけで外に出ないことに
しましょう!(言いたいことが謎)
文章の属性を変化させるものとして考えられるものは
・文章をきちっと書く立場である
・子供がいる、違う年代の人と交流が多い
いっぱいあるんですがめんどくさいから2つに絞ると、
文章をちゃんとしたい人っていうのがいて、思慮深かったりもあるんでしょうが
きっちりした文章が必要とされる人っているわけですよ、そういう人は
文章が文章してる感じ。ただ文章がちゃんとしてるから素晴らしい人というわけでも
ないし、本を読むから文章上手いとかでもないから自分は文章力は
特になくても良いと思うんですよね、文章は生きてきた勲章なんだ!
(良いこと言ってる風で意味ないです、言葉に騙されてはいけない)
子供がいる、違う年代の人との交流が多いって綺麗に言い換えましたが
おそらく不倫とかでもこれ当てはまってて、その知識どっから持ってきたのって
パターンあると思うんですよ、例えば自分(アラフォー)がやけにtiktoker
詳しいのってほんとに好きなのか、その知識を与えてくる存在が身近にいるって
パターンが多くて、若くて親しい存在がいる可能性が多い。
疑いましょう(このブログの文章力謎)
あと孤独っぽい文章の人がいて、自分はこの手の人を遠くから眺める
(コメントとかフォローしない)ことが好きなんですが、乾いた文章?って
言えばいいんですかね、村上春樹さんの小説の主人公的な世の中に対する
諦め、達観がある感じ。
意外と孤独は文章を上手くさせるのかもと思ってて、このブログって
話し言葉で書いてるのですが、自分は割と話すの好きでその流れで
書いてるのですが、話すことが少ないともっと文章の源泉?が湧いてきて
文章としては深みが出るんじゃないかと思いますね、それで冷めた文章を
書く人も慣れてくると文章に温度が出てくる現象もあって文章は
変温動物ですね。
短い文(snsとかyoutubeの字幕)ばっかり書いてたのでブログで長い文を
書くのも時にはいいですね、では良いホワイトデーを!