やれやれ、僕は冷蔵庫の奥で運動不足になったチーズをトーストに使い、
チーズとしての性質を取り戻したころに、醤油をかけて食べる。
なぜか村上春樹さん的出だしなんですが、全く関係がなくて
今日は
”若い人の言ってることちょっとわかった気がしたブログ、
僕はパーソナル・コンピューターを猫をなでるように閉じ、しばらくしてから射精した
(してません)”
というテーマで書いていきますね。
・力が分散する、というよりはネガティブが分散される
今の若い人って「デュアル」というか複数のことやりません?よくツイッターでも
名前の後に〇〇するアスリートみたいに、複数のことやってる人がいて
複数のことやると力が分散されてよくないんじゃないかな?と昭和生まれの
自分は思うんですが・・・分散することで煮詰まることを防ぐ効果が
あるんですよね。たとえばスポーツが好きでプレーするのが好きって
人いるじゃないですか?加齢とかでケガしてできなくなることってよくあって、
好きなものが1つ(1種類)だとそれがなくなったら途方に暮れる、そして
よく収入が安定してから結婚~とかいいますが子供がいないんだったら
1人くらい安定してなくともいいような気がする、2人でいるメリットは
大きくて、片目がものもらいになってもなんとか日常生活送れるけど
両目なったら相当大変じゃないですか?そんな感じで
1より2が強くて、しかし2は問題の数が1より多い、2つあるメリットの
ほうが1つのメリットより勝ってる時代な気がします。
ネガティブに強いのは1より2(複数)なのでは?
最近ブログのほかにも動画に興味があっていろいろ動いてるんですが、
文章と動画って結構違うんですが動画に字幕って入れるじゃないですか?
そこで文章力が生きるんですよ、そして字幕用文章というのも多分あって
「短く、表情あり」なのがいいと思う。動画のノウハウが文章に生きる・・・
そんなないような感じですが、文章も有限だと思ってて書くためのインプットが
必要で、書くだけだとパワーが枯渇するような感じあるんですよね。おそらく
書く才能がある人は「湧き出る井戸」のようなものがあるんだと思う。
文章と動画どっちもあると逃げ場があるっていうんですかね?別な道が
あるから行き止まりにならない感じがあります。
年輩の人の価値観で気付いたことがあって、あるyoutubeを見ててその人が
40後半で、コメントはもっと上の層の人がしてると踏んでるのですが
ある時代まで
「1本道で行けた」時代があったと思うんですよ、転職もせず順調に出世して
家庭があって子供がいてみたいな人が多かった時代、いくつくらいかは
はっきりしませんが40代ではない(50後半~60とかくらい?)わけで
生き方、生きてきた背景の違いで結構コメント欄が地獄!笑 自分も
気を付けようと思ってますが世代の違う人に自分が正しいと思うアドバイスは
やめようね、求められたらしてもいいけど時代が違うし責任とれるわけじゃ
ないからアドバイスという言葉を辞書から消そう!
アドバイスという言葉を抹殺すると
肯定or無視 という恐ろしいことにもなるわけですよね、今って
肯定が善とされる時代で「ありのままに」とか「じぶんらしく」とか言いますが
それ強者の考えで持たざる者が自分の好きなようにやっていったら
破滅確率は日本海側での冬の降水確率くらい高い。
多分
自分の良さ+社会に適応させる
が正解ですね。昔の芸術家でも生きてるとき価値を認められなかった人って
結構いて、素晴らしい良さを持ってたけど社会に適応させる努力をしてない、
もしくはそれができなかったんですよね。
若さって得で、適応力もあるわけですよ、なので複数のことを同時進行しても
適応できて、その力が残念ながら年を重ねると衰えるというか出力できなくて
安心できる場所にいがち、激しいこと言えば気候条件が悪くて、仕事もそんな
なくて、都会と遠い場所が過疎してるっていうのなら無理にそこに人呼ぶ
必要ないじゃんって思います。気候の悪さはなかなかどうにもならないから
アプリをすぐ消すような大胆さも必要なんだと思う。
と書いてますが、自分も若い人ではないわけでこの意見は若い人から
見ればおかしくて中途半端なとこあるんですが、若い(新たな)考えかた、
様式ってのは取り入れる必要があると思っています。
なんか真面目になりましたね笑 次はふざけます!ではいい夜を!つな
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