競ったら勝とう。
ブログをよく書きかけて辞めるのですが、やめたブログの中に
「年齢の取り方は個人差がある」ってのを途中まで書いてて、人によって年齢の
進み方って違いますよね?
youtubeで見てた人が若い人だと思ったら想像より15歳くらい上で
びっくりしたことがあって(顔は完全に出してなかった)その人って
問題起こして大変なことになったんですが、若いではなく、幼いだったんですよ。
若いと幼いの違いってあって、幼いはネガティブ寄りで
「成熟できていない、成熟していない」の意味が強くて、昔の人って
今より大人っぽかったじゃないですか?寿命が短かったのもあるし、大人に
ならざるを得なかった事情もあって昔の30と今の30は違うし
昔の50と今の50も全然違う、サザエさんに出てくる波平さんが54で
アナゴさんが27歳ってびっくりしますよね、+15~20歳くらい
行ってるイメージでした。
子供がいる系友人と遊ぶんですが、子供がいる人のほうが
「若さへの圧倒的敗北」を子供から受けてて成熟してるなとやっぱり感じる
わけですよ、子供いるとほんと毎日が行事みたいなもので大変だ、
そして成長が早いから大人でも成長はするんですが成長の差とか感性で
圧倒的敗北を喫して成熟するんだと思う、あと借金とか資金繰りも
成熟させますね笑
あと「一流を感じるのは良いこと」とされてますが、自分は
「一流の人を感じるのが良い」だと思ってて、食べ物とか芸術とかって
わりと一流を感じやすいじゃないですか?人のほうがレアだし、一流の人を
感じると自分がそうではない、そこまで行けると思えない圧倒的敗北が
感じられて勝負するゾーンを決めることができる風に思う。一流の人で
分かりやすい例が「さかなクン」ですが、あのような生活スタイルをずっと
できてキャラを貫き通すって普通の人は無理ですよ、あまり寝ないし時間が
あったら漁に行くから朝も壮絶に速いし、それでいて仕事もめちゃくちゃする
(できる)圧倒的な差を見せつけられることでいい意味で選択肢が消せると
いうのはあると思います。
圧倒的敗北は勝者を素直に称えられるというメリットもあって、
オリンピックでもめちゃくちゃ難しい、危険な競技の勝者って自分と
争うどころがないから純粋に称えられるじゃないですか?人って僻み、妬みが
あるから自分でもできそうだなーと思う分野で人が成功してると僻んだり、
妬んだりしますよね。youtuberとかできそうだけど、壮絶な争いがある分野は
妬まれもしますし、身近な感じもあるので大変ですよね。人気業って
できそうだけどめちゃくちゃ難しい(競争激しい)でほんと大変だと思う。
接戦で勝って、負けるときは完敗が人生でもいいんじゃないかなと
最近思います。人間関係でも得意がかぶったりすると心の中で競るじゃ
ないですか?その競りはいい時もあるけど消耗も生みますよね、
時々圧倒的敗北すると良い、というブログでした。
ではいい夜を!つな
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