最近本読んでないから話し言葉中心のブログになってます!
今長文って需要少ないじゃないですか?長文を読まなくなった(本を読まない、
動画で用が済むようになった)っていろんな理由があるんですが、ブログって
割と長文でしかも利益なしで(ほとんどが)なんで書いてるかと考えますと、
自分の場合ストレス解消が9割くらいで、書くことでストレス解消っていうより
話してストレス解消するタイプなんですが、話すように書くことで
話してるのの15%くらいストレス解消になってると思う。
話すのってめちゃくちゃよくて、残らないじゃないですか?嫌いな芸能人とか
スポーツチームぼろくそに言っても何の問題もないわけで、正直芸能人
(有名人)の存在理由って
・ぼろくそに言っても問題ない人だから(知り合いとかだと大変なことになる)
ってのも入ってるはず。
運動するか雑談するかビール飲むか寝るかエッチな動画見るかがストレス解消
(自分の)方法で、そこに全然及ばないけどストレス少し解消できるのが
ブログという位置づけです。
書いて気持ちを整理するって理由もわかるし、書きたいって理由もなんとなく
わかります。言葉にすることでのメリットもあるし、アウトプットするメリットも
あるわけで、アウトプットって意識高い風に言ったけどオナニーも
アウトプットと似てる気がするんですよ、別件で
「文章に性欲は影響している」と思ってて、性欲高い時の文章と性欲薄い時の
文章も違うと思う。なんとなくだけど性欲=脂っぽさに対して女性は敏感で
割とおじさん芸能人でも人気ある人いるじゃないですか?ナンパとかしてこなさ
そうな人のほうが人気だと思う。枯れたという表現より、脂の乗り方が適度って
表現を推すんですが脂がのってる=完全なる善でもないぞという話です。
リアルを知ってる人(知人や友人)とSNSで繋がる場合ってあるじゃないですか?
結構文章って人間性の参考になって、自分はよく
「こ、この人教養あるな」とか思ったり
「めっちゃ真面目だな」と思ったり
「余計な文章を書かないでもokな人だ」とか思ったりするわけですよ。
本人を知っての文章と本人を知らないでの文章も違う受け取り方ありますよね。
ある友人の場合何回か会ったことがあって、話したこともあるんですが
結構まじめでSNSの投稿もまじめな感じで統一感がある人と、
結構ふざけてる系な人なのに文章はちょっと詩的なことを書く人だとか、
面白いですよね。仰々しく例えると
「世界の表現方法」ってのが文章で、表現方法って筆記用具みたいなもので
鉛筆で書く人もいれば(薄いもの濃いものなどある)ペンで書く人もいるし、
筆で書く人もいるし、好みなんですよね。そしてどの筆記用具を選ぶかっていうのも
自分はこれ!と決めてて大体濃い鉛筆で書くって決めてる人もいれば
TPOによって筆記用具を変える、気分によって筆記用具も変える人もいるわけで
書いててちょっと良くわからなくなってきましたね!(雑)
なんでも背景がわかると好きになる、許せるものってあって、背景って
なかなか披露することがないし伝えることもないじゃないですか?文章は
背景の欠片が見えるっていうんですかね?それがあるから面白いのかも。
変な話文章でその人が今どんな状態なのかわかると思うんですよ、
今酔って書いてるんだけど酔うと長くなる&話広げて収集つかなくなる現象が
今起きてるじゃないですか?
あと心の潤い?もわかる気がする。
自分は体調がほどよく良くてちょっと笑える程度の不幸がある時が一番文章
書けると思ってるんですが、体調が悪いほうが文章良くなる人っていて、
体調がいい時の集中力と体調が悪い時の集中力も別個だと思う。
幸福より不幸が創作には良いってのはよく思いますね、幸福だったら
表現しなくていいですもんね、むしろ表現することで現在のハッピーが壊れる
心配しちゃう!ながなが書きましたが文章は言いたいことを伝えるツールで
あるのと同時に自分の背景をチラ見せ、もしくは今の状態が見えてしまう
ツールでもありますね。
ではいい夜を!つな
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