こんばんは(^-^)
今日バスケを見ていまして、勝ち負けについて考えることがあったので
書いてみますね。
勝負は 「負けたらなんにもならない」っていう勝ちに比重を置いた考えと
「負けても得るものがある」というやや負けに寛容な考えがあると思います。
勝負事じゃなくとも勝ち負けってのは日常の中にいっぱいあって、勝ちを重視する人が
勝気だとか、負けず嫌いだとか言われているわけですね。
「勝ち負けが好きではない」人ってのもいるんですよ、優しい、というか争いごとが
好きではないという人で(周りにもいる)あからさまに勝ち負け付くのが好きでは
ないって人はいる。プロアスリートの中にもこのタイプはいて、よく
「優しすぎる」と言われたりしていますね。
今日のバスケでは
「負けたら終わり」 「両チーム目標を達成しての決勝戦」という試合があって、
プレーオフで優勝をかけての争いは負けたら終わりですよね。
もう一方で両チーム昇格が決まった後でのゲーム(目標達成)名前を出すと
ハピネッツ対ライジングゼファーというゲームがありました。
「負けたら終わり」
「負けても続く」
この違いって大きくて、男女の出会いで考えていきますと
まず連絡先を交換するかしないかで勝ち負けが発生
・連絡先交換する=勝ち ・連絡先交換しない=負け
書いてて思いましたが、この連絡先交換するしないってビッグゲームですね!笑
連絡先を交換すれば次に続くわけですが、交換しない場合はそこで終わり
(高校野球くらいわかりやすい戦いだ)
で、連絡先交換したから勝ち、でもないわけで目的によって接し方って変わって
くるじゃないですか
「勝っても戦いは続く」
今回はまず友人になろうと考えて、連絡先を聞いた人をランチに誘う、としましょう。
・誘って受け入れられる=勝ち ・誘って断られる=負け
僕は大体負けてるんですが!!!!!!(うん、どうでもいいね)
・誘って断られる という場合の時状況によって変わってくると思うのですが
まだチャンスがある場合(次に誘う機会がある)ってあるわけです、相手の
用もあるし。
「負けてもまだ戦いは続く」
ちょっと深みが出てまいりましたね、本格派ラーメンのスープくらい深み出てきた
(勝手に思ってる)
「連絡先交換の時の負けと誘うときの負けでは重さ、意味が違う」
これが言いたい!(デスボイスで)
負けても意味のある負け、次につながる負け、というのはあると思うんです。
人は誰でも負けたくないと思うんです、やること全部うまくいきたい、
辛い思いしたくない。でもそういうわけにはいかない、どんなに優れた人物だって
結構負ける、ひどい負け方だってする、非がないのに負けることもあるし、
悪いことされて負けることもある、負けのほうが多い(おそらく)
そこで「負けたら何にもならない」と考えるところと「意味のある負け」と
考えるとこがあるような気がします。まー、負けたら(失敗、挫折)
「負けたら何にもならない」って思って大ダメージ食らうのが人間だと思うんですが
どこかで「負けを意味あるものに」しないとやってられないと思うんですよね。
最初から「負けてもいい」ってのはちょっと軽すぎるし、全部が全部
「負けたら何にもならない」だと重すぎるわけで、負けに対する受け取り方って
奥が深いですよね。
スポーツの良いところは勝ち負けがはっきりしてるところで、個人だとそうでも
ないんですがチームのスポーツだと負けても次があるじゃないですか?
負けても次の試合、次のシーズンがあるし、もし降格したって下のリーグで
戦うわけじゃないですか?
だからスポーツって
「負けたら何にもならない」と「負けても意味がある」の2つを一緒に
備えてる気がします、あと負けて終わるって含蓄があるんですよ、だいたいの
スポーツ(チーム、個人も)って負けて終わるのがほとんどなんですが、その
負けが最終的な負けではないっていうんですかね?負けても完全な負けじゃない、
そこが魅力なんじゃないですかね(^-^)
結論
・負けの中にも意味を見出さないとやってられない
・不幸は人に味わいを与える(だからブログが面白い時書いてる人はそんな幸福じゃ
ないと思ってもらって正解だと思います)
・学生バスケのシーズン来てますよ!
次回は 「人の感情がすれ違うシステムとは?」(仮) です
では良い夜を! naoto:-)
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