2019年1月23日水曜日

個性の先鋭化と性格の変化について考えるブログ、個性も性格も「人」の影響多いと思う(ブログはそんなに真面目じゃないです)

 Bリーグ興味ない!(出だしでターンオーバー)

これは半分冗談なんですが、人っていろいろ限られていて(寿命とか、使える
時間とかお金とか)なんでも手を出すものではない、というのを最近思ってます。

 さて今日は
”個性の先鋭化と性格の変化について考えるブログ、個性も性格も「人」の影響多いと思う(ブログはそんなに真面目じゃないです)” というテーマで書いていきますね。

 バスケを見だして4年目、ですかね(そのわりに全然戦術とかルール覚えない)
ところどころ自分の性格が変わったんですよ。
「きっちり!」「はっきり!」してきた、例えばですね、遊びの約束で
「行けたら行く」とか「だいたい何時くらい」って言わなくなりましたね、当日の
ギリギリでしかわからない状況ならともかく、気分で「行けたら行く」ってのは
ダメだと思うし、時間だって人の時間は貴重、5分遅れるデメリットとか人によっては
凄いものがある、という考えね。
バスケを見て変わった、というより「バスケの凄い人を見て変わった」ですね。

 自分が変わると好みも変わるし、人の出会い方も変わるのも事実で、人生は
足し算ばかりでないから自分が変わったことで合わなくなった人もいるし、
合わないと思われる人もいる、全て肯定とか賛成はあり得ない話で、変化すると
得るものも失うものもある、多分変化しないとジリ貧(徐々に悪くなる)だと思う。

ブログは意見をはっきり言えるのが良いところで(見てる人の少なさ、拡散能力の
低さ)ブログだから書けることってあって、自分は
「利益を生まない頑固さ」って駄目だと思う。
金銭以外でも利益のようなものはあるんですが、頑固だと新たなものを受け入れ
られなくて、時代に対応できなくて辛いんだと思う。

人を頑固にするのも柔軟にするのも「他者」だと思ってて、人って人の期待に
添えようとするところがあるから「キャラ付け」が良いほうにも悪いほうにも
向かうんだと思います、例えば「滅茶苦茶エイが好きな人」ってキャラになると、
自分の使える時間の中で多くの時間をエイに使うようになる、という感じ。
自分が好きで追っているものも、他の人に見せて意見を受けることで絶対当初の
感情から離れていくから「他者の意見」を利用するか「他者の意見」で動くように
なるかの違い、自分は人って強くないから
「他者の意見」で動いてしまう、ことが多いと思う。

 このブログを書こうと思ったのはこのまえテレビでやってた
「ある有名登山家の死」のドキュメンタリーを見たからで、端的に言うとその人って
引くに引かれぬ状況になってたんですよ、周囲の意見とか期待とかいろんなものを
背負ってて「辞める」って決断をしなかった、それが最悪の事態を招いたって話。
その人の場合は登山が大きなビジネスになってたっていうのがあるので難しいん
ですが「他者」の存在が人生に大きな影響を与えた例だと思います。

 最後は陽気に終わりたいんですが「他者」の存在で性格が変化するということは、
自分にとって素敵な存在の「他者」を見つけることが出来ればいいって
ことなんですよね!ある有名な実業家が言っていましたが
「情報は砂金掬い」のようなものであると。自分とかかわる「他者」の存在も
そんな感じですよね、全てが当たりではないが全てがハズレでもない、大体
ハズレだけど当たりは含まれている、そう思い柔軟に考え、生きようと思った
ブログでした(^O^) 
意外と柔軟いいですよ、楽!なんでも期待に応えようだとか自分はこうだからとか
思わないほうが楽しいと思う、実際人は人見てないし期待もしてない、
ちょっと期待されてるくらいが良いと思う、人がめっちゃ期待してるから
それどんどんやろう(利益率が悪いこと)とか時間勿体ないと思う、このブログ
書いてる時間も無駄の極み(バンド名みたい)です、でもストレス解消だし
もしかすると1人くらい見て有益なことがあるかもしれない(ブログはときどき
そういうことがある)人って人に「統一感」とか求めがちなんですが、
全部真っ白、全部真っ黒だと大変で川と海の間に河口っていう淡水と海水が
まじりあった場所があるんですがそれが必要なんだと思います、だいたい
統一されてるけどそうでもない部分も適度にあるねーってのが大事!

 今日凄い哲学的ですよね!次回はふざけます!次回は
「陽気なジュースを楽しむ会発足」です、では良い夜を! naoto:-)


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