「手は二本、持てる物の数は限界がある」by今考えた
今日は
好きだからこそ深入りしないほうが良いものってあるよね、
というブログ(自分はモノが該当する)というテーマで書いていきますね(^^)
結論から言うとですね
「ちょっと自分はスポーツ見る時間減らすわ」ってことなんですよ、今日のブログ
アメリカ式(言いたいことは先に言う)なんですが、スポーツ見てるのって
ほんと楽しい、現実の事忘れちゃうくらい楽しいときがあって、余韻も残るわけ、
その時間をちょっと自分の向上のために使うわってことなんですよ。
全然見ないわけじゃなくて「コントロールして減らす」少し寂しいですが
前向きな決断ですし、生でも見に行くし、テレビでも見るけどなんでもかんでも
見るのは辞める、うん言いたいことは言ったからあとは普通の文体になります笑
「欲しいものがあったらスペースを開けないといけない」
これ最近痛感してて、持たざる者(自分)の場合なにか得たいものがあったら
様子見て徐々に取りに行くんじゃなくて、先に自分の容量空けてからすぐ
取りに行かないといけないと思うんですよ、バスケで言ったら1ピリの最初から
とにかく激しく!先手必勝!あとで勝とうと思うな状態なわけですよ、
大体の物って所有してるから重くなっていくわけで、手放してみたら大体
問題がない、エモいこと言いますとずっと持ってたいのに無くなるものだって
結構あるじゃないですか?
「好きだから見ているのか見ているから好きなのか?」
この前のブログで「青森ワッツはホームゲームの会場がバラバラで脳に良い」って
書いたんですが、人って楽な物好きなんですよ、楽だから好きってのもあると
思って、「惰性」なんですかね?見やすくて、見て感想言って強調してくれる
場があるから楽しいものってあるんだと思うんですが、それが自分にとって
「ぬるま湯」になってて・・・そこでストレス解消するのはそんないいことでも
無いのかもしれないと思うんです・・・(今日葛藤してますね)
なにかあったというわけでもないけど、先に手放すと新たな何かが
入ってくるはず、という希望を込めての「スポーツ見る時間減らす」ですね。
「悶々としてろ」
ある方の名言で「その悔しさを忘れるな」っていう言葉があって、悔しさを
バネに向上しろって意味だと思うんですよ、人って生きていると落ち込んだり、
悔しかったり、悶々としたりする時ってあって、それの解消法で先に進めたり、
進歩したり、成長したりするんだと思います、自分はスポーツ見ることで
解消してた部分があって・・・それを向ける先変えるという実験もありますね
(やっぱり今日悶々としてる)
「でも陽気が一番」
このままブログ終わったら(今日のブログ暗いから2人くらい見てると思う、
多分明るく頑張ろうぜ!より暗かったり弱さが見えるブログのほうが面白いはず)
何とも言えないもやもやが残ると思うんですが、人ってほんの少しだったり
大きかったりの「決意」ってすることがあって、自分で出した答えは
全部正解なんだと思う、ゲームであるんですが
「時間切れ」というシステムがあって答えだせないでいると「負け」なんですよね。
だから今日ちょっとうじうじしてますが(悪いことがあったわけでもないんですよ、
寒いからってのが原因の91%!)ある種の陽気さを含んでると思います。
スポーツ見る時間をコントロールして減らすことのメリットデメリットについては
追って書いていきましょう、減らすって言っても・・・ちょっとなわけで
あんまり変わらないんですけどね笑 いまのとこ来月はバスケを見るために
遠征もしますし、ほぼ変わってない!とりあえず来月半ばくらいにこの
試みがどうなったか書いてみますね。
次回は
「居酒屋で頼むサラダは何が最善かを考える」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)
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