2018年10月22日月曜日

人の縁という謎システム、繊細さが裏目に出ることもあるし、あつかましさが正解なこともある、おそらくは正解がない!

 タイトルで言いたいこと言ってますよね、よしブログは消化試合だ!(無茶苦茶)

先日、あるスポーツを見に行ったんですよ、そしたら思わぬ有名人がいたわけ
(そのチームに関係あるけど、来るとは予想してなかった)それでその人凄くて、
振る舞いとかファン対応も素晴らしかったわけなんですよ、試合の前にもファンに
丁寧に対応してて流石だと思ったわけです。
そして試合終わったら、キッズたちが気づいて何人かで写真?とか話しかけに
いったんですが、試合後はさらっと撤収してその子たちに気づかなかったんです。
自分はそこで帰ったのでその子達が写真撮れたのかわからないんですが・・・

本題に入りましょう

「スポーツの試合で見に来ている有名人を見かけたら」(一人や同性の友人といる場合)

どうします?

「プライベートだから話しかけない」
「試合前後やハーフタイムに話しかける」

まず二択ありますよね?(試合中に話しかけるのはさすがにまずいと思って
選択から除外した) この二択がまず難しい、おそらく有名人は
「大丈夫ですよー」と言いながらそういう状況では話しかけられたくない
人もいるはず(本心わからないからね)

そのリスクを考えて 「そういう場では話さずそっとしとく」という人多いですよね。

 自分の場合は「チャンスを探して空いてる時間に話しかける」なんですよ。

奥ゆかしい人、あつかましい人の2つに分けたらややあつかましい人にカテゴライズ
されるんですが・・・・

「話せる機会が一生に一度あるかないか」って人、存在すると思うんですよ。

このチャンスを逃したら次はない、という考えで割と(話しに)行きたい側です。

 最初に書いた「ある有名人に試合終了後に話しかけようとした子達」って
行動を正しいか正しくないかで考えると、結構正解だと思うんですよね。
試合前に話しかけるよりも試合後のほうが、いろいろと都合良いじゃないですか?
だから「話しかけたいな」って人の事を考えて、様子見て行動するのは正解、
なはずなんですが結果としては失敗。こういうこと生きてて一杯ありますよね。

 自分は「繊細な人」のカテゴリーに入ってない人なんですが、繊細な人って
物凄く人の事を考えてるように見えるんですよ、考えて考えて、さらに考えるから
結果として「行動を起こさない」ことが多い気がする。

例えばこのブログ見て、もしですよ、「面白い!」と思ったとするじゃないですか?
それを伝える人と伝えない人ってのがいると思うんですよ、繊細な人って
「無言の好意」っていうのがあると思うんですよ、「言うと返信の手間
かけるんじゃないかな?」とか「言って全然意思の疎通上手く行かなかったら
どうしよう」とか。確かに「言わなければマイナスにはならない」のも正解な
わけで「伝えないナイス」は奥ゆかしくて、不正解でもないと思う。

 逆に「あつかましい奴」(自分)の話をしましょう。

自分もう一つブログがあって(そっちのほうが内容しっかりしてる)そこに
良く出てくる「日本トップのスポーツ指導者」って人がいるんですよ
(今もバリバリ活躍中)その方がプロチームの監督やってるときちょこちょこ
練習見に行ってたんですよ、それで練習後出待ち?してて、行ったときに毎回
一つ質問してたんですよ(考えかたとかについて)その行動冷静に考えると
なかなか生意気ですよね笑 日本トップの指導者の方に質問して答えてもらう、
これは「繊細で奥ゆかしい人」はあまりしない行為だと思う、そしてその
質問の答えが本当に「学び」があり、ノートに書いておいて今でもたまに見直すん
ですけどね(なんかいい話風だ!)

 そしてその方がプロチームを退任されて、しょんぼりしていた(自分が)のですが
数か月後定期的な指導をある場所でやる、というのをネットで見つけまして・・・
行きました!(やっぱりあつかましいタイプだ)

その指導って小中学生の指導で有料だったんですよ、それで
「これ見て良いのかなー」と思いつつ行ってみて、スタッフの人に見学して良いと
言ってもらい(スタッフ、オーナーの方が親切だった・・)
父兄でもないのに練習見学して今も縁が続くわけです。

自分が「繊細」だったら練習行って毎回質問するとか、親でもないのに子供たちの
練習見に行くとかできないと思うんですよ、結果として「繊細ではない」から
素晴らしい出会い、縁があったわけでやっぱり正解はわからないんですよね。

 もちろん厚かましさが裏目にもなることもあるし、どう考えても正解だろって
行為が不正解だったりもする、ほんと難しいですよね。
 それで仮説を立ててて
「縁がある人なら選択肢はミスっても大丈夫」
「縁がない人はどんなに選択肢熟考してもダメ」
だと思うんですよ、そしてそれをさらに煮詰めて考えていきますと

「手の届かないものの追い方」っていうのが大事なんだと思うんですよね。

自分は新潟県民なんですが、隣が山形とか富山、福島で首都圏にも行きやすいわけ
ですよ、逆に言えば九州とか四国は行きにくい(北海道はフェリー、大阪は
格安航空機があるため話は変わる)もし、遠いところに「素晴らしく会いたい人」が
いた場合・・・深追いしないほうがいいのかもって最近思うんですよ。
哲学的になるんですが、遠くにいるものは遠くにいる理由があるんじゃないかって
思う、逆に近くにいるものは近くにいる理由があるはずで・・・

このブログこんな哲学的でしたっけ?(今24時)

まあいいや、ブログは深夜の手紙だからね!

さっき触れた「手の届かないものを追うこと」これは・・・手が届かないからこそ
追うってこともありますよね、手が届かないから安心して追えるってのはある。
例えば、磯山さやかさんが好きなんですが追っても何にもならないから、
「好きだ!」と言えるわけで、もし可能性がわずかでもあったらここでは言わないと
思う、追っても関係性が変わらないものってそれはそれで貴重なんですよね。
そもそも磯山さやかさんに可能性があったらブログ書いてないと思う!
ウキウキしてるかソワソワしてる!もしくは些細なことで落ち込みがちになる!

結論
・ブログの内容は磯山さやかさんの動向で決まる

次回は「寒くなる前にふざけようね!」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)



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