ある芸能人の方が以前
「僕はお酒の入った時の意見が好きだ」と言っていて、おそらくお酒の入った
状態だと本心がいつもより多めに出るんだと思います。そこが面白いのかな、と
少し考えようとしましたがすぐに「絶対面白い」って自分は思います。
なんだか今日は不思議な始まりですね笑 今日は少しお酒が入った状態で
”別れは出会いの始まり、なのか夜遅くに考えてみるブログ(お酒も少し入ってる)”
というテーマで書いていきますね、こんばんは(^O^)
人が一生に出会う人の数、人が日常生活の中で築ける人間関係の数は決まっていると
いう説があって(どっちも別な出どころ)自分はこの2つの説に賛成なんですよ。
一生のうちに出会う人の数が決まっている、というのは抽象的なんですが、
「人生の中で大きな意味のある人」に出会う数は多分上限があるような気がします。
人が日常生活の中で築ける人間関係(うろ覚えなんですが30人とかだったと思う)の
数って確かにそんな感じするんですよ、だってスマホの中に連絡先が入ってて
1年の中に複数連絡する人の数ってそんなに多くない。
このブログを読む人はおそらく4人くらいで(ちゃんと見る人はさらに少ない、
0-2人くらい)それでも全然良いという考えをしてるんですが
どうやら人は「量より質」だと思うんです。
質量転化の法則(酔ってるしここは詳しく書きません!ぐぐってください笑)ってのが
あって人は大人になると 質>量 になってくると思うんですよ。
まずここまでのまとめ
・人との関係にはある程度の人数制限があると思う
・人は量より質
で、ここからが面白い(自分でハードル上げる)とこなんですが
自分が見極めて「この人!」と思った人との関係がずっと続くこともない。
わかりやすい例が「失恋」
人の考えは全員違うのでこれ!という意見はないのですが、好きになって
付き合った人と別れることって最初のほうは考えないじゃないですか?
でも結構別れるし、結婚しても離婚だってあるわけ。
これだ!って思った貴重な人(質)と別れることは普通にある。
それを見越して、質も大事なんだけど量もキープしようとする作戦もあると
思って、どうやらSNSは「量をキープする」ことに適している手段なんですよ。
フェイスブックは特にそういう傾向があって、会わないけど同級生とか前の職場の
人だとかの繋がり多いじゃないですか?
多分会わないんだけど、キープはしておこうっていうとこありますよね。
やはり酔ってると集中力あまりないです!笑 いつもとは別の話の散り方してる!
今日のテーマの 「別れは出会いの始まり」なんですが、
そう考えてたほうが前向きというのと、人間関係の枠から考えると、合ってると
言いたい理論です。
人との別れの後に強いのは女性で、男性は割と弱いです(もちろん自分も)
これは過去に対する捉え方が、男性のほうが大きいところがあるからと思っていて
(女性にも多くないけどこういうタイプの人いる)
失ったものより新しいものが良い物なのか確信が持てないんですよね。
よく言われる 男性は強く、女性は優しい、これ逆だと思ってて、男性のほうが
優しく、女性のほうが強いというのが自分の考え。男性は優しいというか甘さが
あって大体のお父さんは子供に強く言えない笑 これは自分の過去の記憶から来てて
自分がこうだったから許しちゃうって面お父さん方ありますよね?(独身だけど)
「出会いの始まり」 自分は割と興味のある有名人(だいたいスポーツ系)に
会いに行くことがあって今年も数人の方を生で見ることができたのでそれを例にして
考えていきますね
例1 「県外在住の女性イラストレーター」
結果 「東京の個展で話すことができた」
この方の場合は結構その界隈では有名で人気の方で、一回どんな方か見てみたいなと
思っていたら、個展を東京でやる(その方は東海地方の人)というチャンスに恵まれ
会話をすることができました。東京での個展も毎年やるわけではなく、数日間の
開催でタイミングが会い話せることができ、幸運な出会いだと思います。
例2 「県外在住の男性スポーツ指導者」
結果 「新潟で偶然出会い、話すことができた」
この出会いは超幸運です!なぜなら来ると予想していない会場で出会う(しかも自分も
当日まで行くか迷った)行動することでツキを呼んだという好例、一回少し
会話をさせて頂いたことで、次回のチャンスもあると思います。会場でその方を
見た時「マジで!」とびっくりしましたが、話しかけて大正解。
行動と少しの勇気は幸運を呼ぶと感じた出会いです。
例3 「県外在住の男性スポーツ指導者」
結果 「新潟で試合を見ることができた、話すことはできなかった」
この方は本を読んで「凄い指導者だ」と思い、試合で新潟に来ると聞き試合を
見ることができたのですが、話すところまではいけませんでした。
話せなかった理由は2つで
「サングラスをかけていた」(表情が読み取れなくタイミングわからず)
「スタッフの方と話し込んでてスキがなかった」
生で見れただけで幸運と割り切り、次回のチャンスを狙います
例4 「県外在住の女性アスリート」
結果 「新潟で見ることができ、話しかけることもできた」
日程を調べたらこの方は新潟に年に4日くらいくるんですよ、しかし自分が行けそう
なのは1日か2日で、ちょうどその1日に当たりそのスポーツ全然詳しくないのに
勇気を出して行き、タイミングが会い「応援してますよ」的なことを話しかけることに
成功しました(ファンサービスが素晴らしいく良い方でびっくり)
この方とも次回の応援あると思います(1回挨拶できるかどうかが大事だと思う)
という例を挙げてみて思ったのですが、やはり自分が良いなと思う人でも
タイミングや縁のあるなしで話しかけられたり話せなかったりあるんですよね。
そして今あげた例は「否定されにくい」例なので、自分は失うものがないんですよ
でもね、対等な関係で疎遠になったりだとか会えなくなったりすることは普通に
あるんです。自分は好意を持ってたり、全然嫌いじゃないのに、相手の事情も
あって会えなくなること(会わなくなること)あるんですよ。
そういうこと頭でわかってても、やっぱり辛いじゃないですか?でも、そういうことが
あるのが人生で、辛いことは無にはできないわけです
(悟った風なこと言ってますが全然心はブレブレです笑 時折しょんぼりしてます笑)
ってわけで別れは辛いんだけど、ちょっと強引にでも前向きに考えるしかない!っ
ていうのが自分の意見で、人との別れとか疎遠になる人が出来たらその分
新しく入ってくる人が出てくる!って前向きに考えるのがいいかなって感じなんですよ。
このブログはツイッター経由で見ると思うんですが(2人くらい?)
そのツイッターも年内で辞めるって言ってたらある方が(そんなしょっちゅう絡む
方ではない)辞めるの残念です、って言ってくれたんですよ(嬉しいですよね)
そしたらその方がさらっと辞めた!(寂しい)そういうことなんですよね
別れは日常だし、出会いはやや非日常(だって別れのダメージ大きいですもん)
捉え方一つなんですが、前向きに考えるほうを選択して生きて行こうと思います!
尊敬してる方の一人に「リリー・フランキーさん」がいるのですが、
女性はお酒が入るとロマンティックではなくなっていく、ということを本に書いて
いたんですよ、わかるなーって思ってるんですが、このブログもいつもより
甘さだとか切なさ増えてますよね?(夜書いた手紙と同じで明日読み返すと
恥ずかしくなるかも、でもこのままにしておこう)
ブログは自由度が高いし、長くても、妙な時間に書いても「興味がなければ
読まなくてオッケー」というものですので、良いですね(^O^)
他の人はどうかわからないんですが、ツイッターで真面目なことをつぶやくのと
ブログで真面目なことを書くのとどっちが恥ずかしいかって考えると自分は
ツイッターのほうなんですよ、拡散機能があるからってのと、考えを140文字に
きっちり納めないといけないってことがハードル高いんですかね?あ、あと
ツイッターは「見たくなくてもさらっと全部見える」ところがある!
自分は全然悪気がなくても、見えちゃうことで人にダメージを与えることって
あると思うんですよ、人にダメージを与えたらどっかで戻ってくることがあるかもって
考えもあり
「主張はブログで」自分に合ってるな笑
ながながと話しましたが
「前向きに」捉えていきたいということですね、まとまりませんが(いつも通り)
とにかく前向きに行きましょう!!!
次回は
「なぜサメの映画はあるのにエイの映画はないのか」(仮)です
では良い夜になりますよう! naoto:-)
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