個人で完結するものをどれくらい合理的にやればいいのかというブログです!
フリースタイルフットボール、フットバッグをやっているのですが
「合理的」(論理的、ロジック)にやったほうがうまくなる感じがあって、
筋トレとかジョギングとかに似ていると最近思っています。
フリースタイルフットボールってリフティングの多彩な技があるものだと
思ってもらいまして、体の原理というか動きの原理をうまく使わないと
できない技が多いんですよ、体をうまく使うことがカギですが体をうまく
使わなくてもできる(キックが正確だとかパワーで可能にするとか)こともあって
自分は
・合理的60%!
と考えてやっています。
今ってyoutubeでよく「〇〇のプロを目指す!」みたいな人がいて、その人達の
練習を見てるんですが疑問に思う人もいて
・自分の好きな練習しかやってない
・自分と同格、以下のレベルの人と練習している
とかってあるあるだと思うんですよ、でも冷静に考えるとそうなる、
そうなりがちになる。
なぜかというと
・練習メニュー組み立ててくれる人がいない、いたとしてもお金がかかる
・ある程度のレベルにあると自分より上のレベルの人と練習するのが難しい
(分母が少なくなるし、時間とか場所が合わない)
人って人のことは冷静に合理的に見れるんですよね、これはダメ!
趣味でキャリアが長くなると経験があるから色んなものが見えるわけですよ、
そうするとナチュラルご意見番になってしまう、そして正論の苦言を呈して
しまう。苦言はだいたい正論なんですが、それをsnsで見てもあまり誰も得
しないわけでアドバイスは求められたらするか、アドバイスする側がお金
払ったらいいんじゃないかとも最近思います笑
もしもsnsでリプライ(返信)する回数が1日に何回、リツイートが何回って
決まってたらアドバイスそんなにしなくなるのでいいのでは?
(ツイッターで返信する人を制限することができるのって、アドバイス
いらないよって意味合い結構あるはず)
話を戻すと、筋トレ結構やる人って栄養素を気にすると思うんですが
数値は嘘をつかないわけですよ、成分量が間違ってたら大問題なわけで
食べるものの栄養素ってわかって、それを計算して筋トレするわけじゃ
ないですか?合理的ですよね。
マラソンもそうで、細かくタイム管理することでペースを見つけて体力ロス
を少なくして目的のタイムを目指す、合理的ですよね。
多分「個人で完結するもの」は合理的優勢で
「個人で完結しないもの」は合理的がそんな優勢でもないわけで
個人主義な人=合理的な人が多いのでは?
一方でフリースタイルフットボールやってるとき非合理な練習を
するときもあって
・これができるまで終わらない(ほんと大変)
・できなくても数こなす(たまにケガする)
っていうときがあって、これも効果を実感できるんですよね。
メンタルな面が強いのかよくわからないのですが、非合理的なものって
「強さを得る」ことができると自分は思ってて、非合理的なことを
やってると合理的なことに気づけたりするので
非合理的=悪ではない、たぶんアンパンマンにおけるドキンちゃん、
ドラえもんにおけるジャイアンくらいの存在だと思う。
そうそう合理的にやってるムーブありました、フリースタイルフットボール
やってる人って同じ靴を何足も買って使う人が多い印象(自分も同じの買った)
なのですが
「着るもの、食べるもの、やることを固定すると効率いい」これほんと
そう思うんですよ、もちろん週1くらいで違う靴でボールをけるんですが
靴が違うと結構違って、下手になった感感じるわけですよ、その
下手になった感が厄介で
・自己肯定感削るやつ
って呼んでて、同じ靴だとそれがないわけですよ、今ってユニ〇ロとか
流行ってるんですが、評価も質も安定してるから失敗がないわけですよ、
そこ強いですよね。娯楽の多様化は思考力を使うから、思考力をあまり使わない
ものが強くなってる!なので〇〇離れが多いということは新たな
〇〇推しが増えてるということで悪いことではないと思います、むしろ昔が
異常だったんですよ、過去は捨てよう!
というわけで個人で完結するものは合理的にいいねを押したいんですが、
この世には個人で完結しないほうが圧倒的に多いわけで、合理的に
いくときといかないときのうまい切り替え大事ですね。あと人が
合理的にしてる部分ってそこと別な部分で大きな意味を持ってるから
干渉してはならないのですかね(共感はok)
ではいい一日を!
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