2019年3月20日水曜日

なぜ「見てはいけない、見なければいい」ものを見てしまうのか考えるブログ

 本日のブログの概要
・日常生活の上で見てはいけない、見ないほうが良いものは存在する
・それは煙のようなもので見ようとしなくても目に入ることがある
・見たほうがいいという物も存在する
・見てはいけないものをどうするかを考える
・やや前向きに生きていますが、落ち込むことは人並みにある

 こんばんは、今日は出だしちょっと変えてみました(^^)/

今日は
”なぜ「見てはいけない、見なければいい」ものを見てしまうのか考えるブログ” 
というテーマで書いていきますね。

「占いを見なくなった男」(自分)

それなりに戦略的に考えて生きているんですが(でもあんまり考えてない)
いつからか占い見なくなったんですよ、その理由って
「なんで知らない人の意見で一日の機嫌を上下させないといけないのか?」って
とこでテレビでも新聞でも雑誌でも占いコーナーってあるじゃないですか?
あれを朝見て下位の時テンション下がる!それに違和感を感じ見ないように
してるんですよ、人の機嫌って結構「価値」あるものだと思うから
機嫌は大事だと思う、占いで良いものだけ見れば良いんですがそうでもないわけで
最初から見ないという選択をしています
(これは自分の行動次第で見ないという選択ができる)

「いいねを見なくなった男」(自分)

フェイスブック、ツイッターで見てしまったことでテンション落ちた経験ある人・・
いっぱいいると思う!笑
社会派っぽく言いますと「衝撃的事件」とか「災害」もツイッターでは
無修正で流れてくることあると思うんですよ、外国の方をフォローしてる方は
わかると思うんですが、結構グロいものも無修正で流れてくることがある、これは
時と場合によって危険なわけで、ある種のトリガー(引き金)になることが
あると思うんですよ。
災害や事件で心に傷を負った人がもしタイミング悪くそういう物を見てしまうと・・
深刻な傷と化すことがあるかもしれませんよね。
社会派っぽくない意見としては
「自分と合わない人」「なんらかのすれ違いがある、あった人」の意見が
他の人のリツイートとか、いいねで流れてくることがあるじゃないですか?
特定の人のリツイートを反映させないって設定はあるんですよ、そして人の
「いいね」を表示しない設定ってのもあって、自分は人の「いいね」表示しない
設定にしてます、でも「見てはいけない、見ないほうが良いもの」は
時折流れてくるんだ・・・
SNSの損益分岐点ってあると思ってて(大体の人は得してないと思う)そこを
真剣に考える必要があるのかなと最近思います。

「興味本位で見ないほうが良いものを見てしまう時」

これは自爆型って呼んでるのですが、これもありますよね。
ネットの評判とか、ネット検索で結構あるパターンで、ある種本能的な
行為なんだと思う。これは辞められそうなものですが・・・
ネガティブは時と場合によって魅力的なんだと思う、時と場合によって
ネガティブを欲するときがあって見ちゃうんですよね、スマホとかパソコンで
「自分に不要なネガティブ」見たら電流爆破するとかそういう仕組みにしないと
辞められないのかも、心境によって見るネガティブはあると思う。

「見たほうが良いものとは?」

このブログをアップした後にもう一つのブログをアップすると思うんですよ、
そっちのブログって「勝ってる人から学びを得る」というのがテーマで、前向きな
ブログなんですよ、勝ってる人の良いところを学ぶので褒めてるし、自分でも少しは
反映させようとしてるので「見たほうが良い」とまでは言いませんが
「見ても落ち込まない」物だと思うんですよ(でもそういうの好まない人もいる)
でも「面白さ」で考えると
・前向きできびきびしてる
・後ろ向きで葛藤してる
どっちかというと後者(後ろ向き)なほうが面白いんだと思う、ミュージシャンでも
失恋とか切ない歌のほうが売れるじゃないですか?これが本質なんだと思う。
人は多分勝率30-50%くらいで負けのほうが多いと思うんですよ、だから
切り替えが早く高みを狙ってるものよりも、うまく切り替えられなくて悶々と
しながらなんとかして勝とうとする姿に共感を抱くんだと思う。
スポーツだってそうじゃないですか?
毎年優勝できないから優勝したときの喜びが半端ない、話それましたが
見たほうが良いものをスムーズに見れば良いと思う(なんかシンプル)

「二面性、ナイス!」

見てはいけないもの、見たほうがいいものって逆ですよね?
これ片面だけじゃだめだと思うんですよ、甘いと言われれば「そうですね」って
言ってしまうんですが、ネガティブとポジティブの両面必要で、やや
ポジティブな面が出るようにすればいいと今気づきました!(ありがとう)
だから見てはいけないものを見ても
「たまにそういう時もあるよね、賭けた面の裏が出ただけさ」とニヒルに
したほうが良いのかも(^^) 良くない事(負けと表現します)は50%くらい
出るから一喜一憂せず「まともに受け取らない」が良いのかなと思います。

「真面目に受け取ってしまう人はどうなのか?」

これちょっと自分がそういう人じゃないからわからないんですが、この前新聞で
ある災害の事を語り継ぐ人というのが出てたんですよ、その人は若くて身内では
死者とか出てないと思うのですが(周りは被害受けたらしい)それを語り継ぐ
活動をしてるらしんいんですよ、でもその人の親が反対してるらしく
(なんで辛いことを続けるのか)人の考えって親と子でも全然違って、多種多様
なんですよね。自分の場合「基本、見ない」って戦略なんですが
「見てから判断する」と危険なものから目をそらさない人ってのもいるわけなんですよ、
だから自分は
「見るか、見ないか」っていう基準で考えているんですが、
「とりあえず見てから」って判断基準の人もいるわけで、深みはこっちの方が
ありますよね、だから物事に対しては
「とりあえず見る」
「状況によって見る見ないを決める」
「最初から見るもの見ないものを決める」ってパターンがあるわけで、
二面でもない!(あっさりさっきの意見を覆した笑)

「おかゆ的存在のブログ」

以上の事から(急にまとめだす)人って上機嫌(ハイテンション)になったり
不機嫌(テンション低い)になったりするわけですよ、ハイテンションの時は
ほっといても良いわけなんですが、低い時って立ち直りたいじゃないですか?
自分はこのブログを書くことで
「胃腸が弱った時おかゆ食べてる状態」になっているのかも、それで
弱った時見るもの欲しいじゃないですか?時折
「ちょっと弱った・・・でもほんの少し元気になろう」ってブログを
今度書こうかな(^^)

長くなりましたが今日のまとめは
・毎日が上機嫌というのは難しい、でも機嫌はリカバリーできるから
落ちたままとどまらないようにしよう

次回は
「余計なことをしないという戦略」(仮)です
では良い夜を! naoto:-)

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